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■601 / inTopicNo.1)  鼓動
  
□投稿者/ 夕海 碧 -(2003/12/29(Mon) 02:01:53)
    すいませ〜ん。とっても、暗いです>出だし(汗)
    その割には、事件おきません。並行して書いてるヤツに必要なんで書き始めたものの違
    う方向に行っちゃうんで、軌道修正してるうちに長くなりそう・・・
    でも、PCの調子が悪くなってきたので見切りUPしちゃいます(苦笑)
    ともかく、休み中に終らせる予定。

    ****************************************


    静まった薄暗い一室。絶望感だけが支配していた。目の前のカプセルに取りすがって
    いる手を、誰かが優しく引き剥がそうとする。

    ―――――もう一度、会わせて

    掠れた自分の声。身体が微かに震えてる。

    ―――――こいつはクラッシャーの宿命だ。一度はこの世界に身を置いたんだ、あん
         も判ってるはずだ。

    聞き覚えのある低い声。諭すような口調で、悲しみを押し殺すように。

    ―――――なんで、いなくなったんだよ?兄貴の事、忘れられなかったんだろ?

    もう一つの懐かしい声が聞えた。責めるというより、もどかし気に。

    だが。一番聞きたい彼の声が、聞こえてこない。

    カプセルが開かれた。
    震える両手を握り締めて中を覗き込む。
    横たわっているのは―――彼。もう二度と開く事のない瞳と、唇。
    静かに手を伸ばし、彼の頬に手を当てる。
    そして。顔を近づけ、そっと唇を合わせた。初めて触れる唇は。

    ―――――冷たい

    呟くと同時に声も無く、止めど無く流れ出す涙。
    誰かに先程より強い力で、再び手を引き剥がされる。閉じられたカプセル。

    ―――――いや

    心の中で、何かが崩れ落ちる。装ってた強気は消えた。自分の気持を偽り切れなかっ
    た。離れる事で無くせる分けではなかった思い。

    ―――――もう、離れたくない。傍にいさせて

    気配を察し、制止しようとする手を跳ね除け、隠し持っていたレイガンの銃口を胸に
    当てる。それから躊躇いも無く、指に力を込め―――

    ―――――あたしも一緒に行くの。だから、待っていて


    「―――お願い!」
    自分の叫び声と共にアルフィンは目を開いた。息が上がっている。無意識に大きく息
    を吸い込みながら混乱した精神を静めようとした。眼だけを動かし左右を見た。瞳に
    映るのは見慣れたミネルバの彼女の部屋。
    「・・・ゆ・夢?」
    震える声で呟き、安堵の溜息と共に両手で顔を覆った。顔中が涙で濡れている。全身
    も汗まみれだ。リアルで、恐ろしい夢に。
    アルフィンはのろのろとベッドから這い出し、ドレッサーの所に行って引出しを開け
    た。中から愛用している香料入りのウエットタオルを取り出す。手が上手く動かせな
    くて、封を開けらずにもどかしくなる。苦労して取り出したタオルを首筋に当てる。
    心地良い冷たさとラヴェンダーの香りに、やっと人心地がついた気になった。
    アルフィンは顔や身体をタオルで拭うと、汗に濡れた夜着を取り替えてもう一度休も
    うとベッドに戻る。しかし、横になる事が出来ない。またあの夢を見るのが怖かった。
    思えば、最近嫌な夢を見る事が多い。それも、どんどんエスカレートしていくのだ。
    今日の夢は心底恐怖を味わった。身を起こしたまま、彼女は思わず両手を自分の身体
    に回し抱き締めた。
    彼の顔が幾つも脳裏に浮かぶ。精悍な表情、優しい微笑み、困った顔。そして、夢で
    みた彼の顔。
    「あんなこと、あるわけないわよ」
    声に出して言ってみる。でも、不安は拭えない。そうなると居ても立ってもいられな
    かった。彼に会わなければ。現実の彼と会いたい。そうすれば、こんな事バカげてい
    ると笑えるだろう。
    アルフィンは急いでベッドを降りた。今日のワッチは誰だか思い出せない。いや、き
    っと彼だ。もし違っても、少しは気が楽になるだろう。とにかく、独りでいるのが耐
    えられなかった。時計を見ると、標準時間で夜中の二時だ。こんな時間にうろついて
    るのは妙だと思われようと構わない。
    アルフィンはガウンを羽織ると部屋を出た。



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■607 / inTopicNo.2)  Re[1]: 鼓動
□投稿者/ 夕海 碧 -(2003/12/31(Wed) 02:24:25)
    操縦室ではジョウがこれからのスケジュールを再チェックしていた。今の任務は、あ
    と百二十時間ほどで終る。最近は護衛の仕事を請け負う事が多かったが、今回は比較
    的楽であった。
    依頼主は、惑星ルミエールの実業家である、ジャン・グラント。ジョウがチームを持
    って間もない頃に仕事を請け負って以来、気に入って何かと贔屓にしてくれていた。
    惑星ルミエールは良質の宝石を多く産出するので有名だ。グラントはもっとも多くの
    鉱山を持ち、産出された宝石を使ったジュエリー等でも成功を収めていた。政治・経
    済界にも通じる惑星一の大実業家である。その彼が事業の為、百五十光年離れた惑星
    トーレに赴く事になったので、ジョウ達は往復の護衛を三週間契約で結んでいた。
    (今回もシュミレーション通りに巧く運んでいる。リッキーやアルフィンも良い動き
    をするようになったしな)
    ジョウはフロントウィンドーに映る宇宙に眼をやり、シートの背にゆっくりと身体を
    預けた。
    (この分で行くと、少しはルミエールでゆっくり出来そうだ。久し振りにグラントさ
    んのパーティに出るのも悪くないな。マダム・グラントもぜひにと言ってくれてるし)
    ジョウはぼんやり考えていたが、軽く頭を振って雑念を振り払うとコンソールに向き
    直った。まだ仕事は終っていない。一瞬の隙がミスに繋がる事もある。彼の指がコン
    ソールの上を素早く走り、メインスクリーンに次々と航路のデータ−が浮かぶ。
    と、誰かが入ってきた気配がした。
    しかし、ジョウは振り向かず作業を続けた。船の中にいるのはチームメイトだけなの
    だから。それに、緊急ならこんなに静かにやっては来ない。時々、みんなの前では言
    いそびれてることを話に来る事もある。そんな類だと思っていた。
    だが。一向に近づいてくる様子は無かった。ジョウは不審に思って首を巡らせた。入
    口の前で誰かが座り込んでいる。それは、アルフィンだった。
    「?」
    ジョウは戸惑いながら彼女を見た。アルフィンもジッとジョウを見つめている、まる
    で彼の姿を焼き付けるように食い入るような視線で。そして、ジョウが自分の方を見
    てるのに気付くとビクッと身体を震わせたが、アルフィンは動こうとも言葉を発しよ
    うともしなかった。
    「どうした?」
    ジョウは異変を感じ、眉をひそめながら立ち上がった。そのまま、ゆっくりした足取
    りでアルフィンに近づいて行く。
    「何かあったのか?」
    ジョウは無言で自分を見上げるアルフィンの肩に手を置こうとした。すると、アルフ
    ィンはいきなり立ち上がり、そのままの勢いでジョウにしがみついてきた。まるで、
    すがり付くように。
    「な、ななんだ・・・」不意を突かれ、ジョウはよろめく。
    「一体、どうしたんだよ?」
    ジョウは声を少し上ずらせながらも、怯えたように抱きついてきたアルフィンを受け
    止め、その身体をそっと抱き締めてやった。微かに震えている。尋常では無い様子に、
    ジョウはあえて問い掛けるのを止め彼女が落ち着くのを待った。
    やがて、アルフィンは強く抱きついたまま顔を上げてジョウをジッと見つめた。アル
    フィンの顔を覗き込もうとしていたジョウは、あまりの近距離に僅かにうろたえ、反
    射的に視線を泳がす。
    「―――どうした?」
    ジョウが問い掛けると、アルフィンが無言で首を振ってるのが伝わってきた。仕方な
    く視線を彼女に戻す。だが、彼を見上げてる彼女の顔はあまりにも青白く、碧い瞳だ
    けが熱っぽく輝いていた。しかし、二人の視線が絡んだ瞬間、アルフィンは唇を噛み
    ジョウの胸に顔を埋めた。
    「お、おい」
    アルフィンは答えない。彼女は息を止め左胸に耳を押し当てていた。まるで、ジョウ
    の鼓動を確かめるように。
    ふと、アルフィンの身体から力が抜けた。彼女の肩が一度だけ大きく波打つ。少し落
    ち着いたのだろう。呼吸も多少速いものの正常に戻りつつある。
    「具合でも、悪いのか?」
    ジョウが気遣わし気に声を掛ける。腕の中で彼女はぐったりと彼に身体を預けていた。
    「―――ううん」
    溜息のような声。しかし、やっとアルフィンから反応が返ってきた。ジョウも安堵の
    溜息を吐きながら、そっと彼女の柔らかな髪を撫でてやった。
    「それなら、いいが。無理はするなよ」ジョウはアルフィンを静かに引き剥がす。
    「最近気が張る仕事ばかりで疲れてるかもしれんが。休暇もロクに取ってやれずに、
    ごめんな。この仕事も、あと少しで終るから、もうちょいがんばってくれ。君やリッ
    キーも良い動きをするようになったからな、今回はルミエールでゆっくりする時間も
    取れるぜ。何かあったら、気が向いた時に言ってくれ。」
    ジョウはどこか照れ臭そうな表情を浮べアルフィンをみた。
    「ルミエールは今綺麗らしい。良い気晴らしになるさ」
    「―――うん」アルフィンは力無く頷きながら、ぎこちない笑顔を浮べた。
    「ごめんね。仕事、邪魔しちゃった」
    「いや、いいさ。さぁ、寝不足は後に響く。部屋に帰ってゆっくり寝な」
    ジョウの言葉にアルフィンは、こくりと頷くと素直に操縦室から出て行った。後に残
    ったジョウは首を捻ったが、肩を竦めると仕事に戻った。多分、ここのところ危険な
    任務が多かったので、順調すぎる今回は却って不安なのだろう、そう思いながら。

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■612 / inTopicNo.3)  Re[2]: 鼓動
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/01/05(Mon) 02:46:12)
    惑星ルミエール最大の宇宙港ディアマン。
    護衛としての契約は宇宙港到着までだった。拘束時間を五十時間ほど残し任務を無事
    終えたクラッシャー達を、クライアント自ら尋ねてきた。
    ジョウがリビングルームに招き入れると、グラントは上機嫌で応じた。
    「ご苦労だった。今回も安心して仕事に集中できたよ。今後も、ぜひ頼みたいものだ」
    「ありがとうございます。良かったら、迎えがくるまでいらしてください」
    ジョウはグラントと握手を交わし、チームメイトに召集を掛けた。すぐに全員が集ま
    り、アルフィンがコーヒーを入れる良い香りが漂い始めた。
    ソファにゆったりと座って、クラッシャー達と雑談を交わすグラントは心から楽しん
    でいる様子であった。特にタロスとリッキーの小競り合いには、さり気なく煽るよう
    に言葉をはさんだりして面白がっていた。
    「へぇ。そんなに宝石って種類があるんだ。ココだけでしか採れないのっても色々あ
    るんだね」リッキーは目を丸くして、興味深そうに聞く。
    「それで、俺ら聞いた事あるんだけど、宝石言葉ってあるんですよねー。ココで採れ
    るヤツにもあるんですか?」
    「けっ。ガキがませた事、聞きやがる。すみませんねぇ、グラントさん」
    「いや、宝石はこの星のシンボルだ。興味を持ってくれて嬉しいよ」
    グラントは、エメラルドグリーンの瞳に悪戯っぽい光を湛えてリッキーを見た。
    「で、どんな宝石がご所望かな?相手のイメージに合わせるのも大事だ」
    「え、その、相手とか・・・そんなんじゃないけどさぁ」
    「グラントさん、ガキの戯言に付き合う必要ありませんぜ」
    「んだよ!戯言とは何だよ」
    「へっ。てめえなんざ、一生必要ねぇぜ。それに、そのトンチキ頭じゃ覚えてられる
    かってんだ」
    「んだとぉ!」
    リッキーは勢いよくソファから立ちあがった。片やタロスは小馬鹿にした様に座って
    わざとコーヒーを飲む。この諍いが一種のゲームである事を承知しているグラントは、
    二人を見ながら苦笑を浮かべていた。しかし。当の二人はここで困惑した。いつもな
    ら、この辺りでジョウかアルフィンが切れて割り込む。今回はそれが無かった。もう、
    止めたい。でも、終らせるきっかけが・・・無い。
    気まずさを感じる前に、リッキーはジョウに振ってみることにする。「うるせぇ」と
    照れ隠しに怒鳴り返してくるのを期待して。
    「なぁ、兄貴。兄貴だって―――」言い始めたが、声のトーンが急に落ちる。
    「あれぇ。どうしたのさ」
    「?」
    タロスとグラントもジョウに視線を向ける。一斉に皆の注目を浴びて、ジョウはバツ
    が悪そうな表情を浮べた。理由は彼の横に座るアルフィンにあった。彼女は、ジョウ
    の腕にもたれて眠っていた。
    「―――どうも静かだと思ったよ」
    リッキーがボソリと口に出す。ジョウは困惑顔で口を開きかけたが、グラントが手で
    制した。
    「気にしなくて良い、休ませてやりなさい。パーティの為に体力を養って貰いたい」
    「パーティかぁ。楽しみだな。ニュースパックで見たけど、町とか飾り付け凄いです
    よねー、グラントさん。パーティ、俺ら期待しちゃうや」
    「アホ。どうせ、てめえは食うだけだろ?」
    「ははは・・・。まぁ、それでも良いではないか。リッキー、期待に添えると思うよ」
    「やったー。―――っと、いけね」
    リッキーは慌てて声を押さえた。チラッとアルフィンの方を見たが起きた様子は無い。
    よほど疲れているのだろう。他の三人のクラッシャーの胸に、罪悪感にも似た気持が
    湧き上がった。ここまで疲れてるのに気付いてやれなかったとは。
    「まぁ、こう言っちゃ何だが、盛大なパーティってヤツに呼んで貰って良かったです
    ぜ。イベント大好きですからな。用意する段階になりゃ、元気になるでしょう」
    タロスは、滅多に見せない柔和な表情で静かに言った。
    「この仕事してると、クリスマスも何もあったもんじゃねぇ。俺達にとっては、それ
    が当たり前だが、お祝い大好きなトコに生まれ育ってるから、ちょいと違うようだ。
    ミネルバに乗り込んでからも、理由見つけちゃあ、お祝いだって仕切ってた。だが、
    今年は何時もにまして忙しくて、さすがに諦めてたから、ストレス溜めてるに違いねぇ」
    「用意すんのって、大変だと思うけどな。手伝わされて、俺ら、ヘロヘロになるぜ?」
    「アルフィンにとっては、一種のストレス解消法なんだろ」
    タロスはあっさり言ったが、腕を組んで少し考え込んだ。
    「ま、可哀想だが、これもクラッシャーの宿命って事でじきに慣れてくるだろ」
    「へっ。大袈裟だぜ、タロス」リッキーはしんみりしてきたのでわざと混ぜっ返す。
    「いくら気取ったって―――」
    「――――いや」
    小さな呟きに。リッキーは口を閉ざし声の主を見た。皆の視線も集まる。声を発した
    であろうアルフィンに。すると。アルフィンの身体がビクッと大きく震える。
    「い・・・嫌ぁ!」
    突然叫び、アルフィンは身体を起こした。肩で息をしている。そして、怯えた表情で
    辺りを見渡すと隣に座るジョウを凝視した。ジョウは突然の事に固まっている。アル
    フィンは震える手で自分の髪に触れると、何故か長さを確かめるような仕草をした。
    「アル・・・フィン?」
    ジョウが戸惑いつつも声を掛けると。アルフィンが無言でジョウに抱きつく。

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■613 / inTopicNo.4)  Re[3]: 鼓動
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/01/05(Mon) 02:51:40)
    「っと。お、おい」ジョウは反射的に彼女を抱きとめた。
    「ち、ちょっと、待てよ」
    アルフィンは全身に力を込めてしがみ付いていた。ジョウの胸に顔を埋める。いつか
    の夜のように息を殺して。やがて、アルフィンの身体が弛緩する。ジョウは彼女を引
    き剥がし、困惑のあまり多少強い口調で問い掛ける。
    「どうしたんだ?おかしいぜ、最近」
    「―――ごめんなさい」
    アルフィンは小さな声で呟いた。同時に現状に気付く。クライアントがいる席での失
    態。チームに、そしてジョウに恥をかかせてしまった自分。情けなくて、アルフィン
    は必死で涙を堪えながら俯く。
    「私の事なら気にせんで良い。本来なら、休んでもらって良い時間だからね。私も、
    つい長居をしてしまった。なかなか君達とこんな風に話す機会が無いからね」
    グラントはアルフィンに優しく微笑むとジョウをみた。
    「今夜の為にも休ませてやってくれないか?家内がてぐすね―――いや、失礼、用意
    万端整えて待っているからね。これで、一番会うの楽しみにしているアルフィンが体
    調崩したりしたら大変だ。私は―――これでも恐妻家でね」
    おどけた口調のグラントに皆が大笑いし、思わずアルフィンの口元にも笑みが浮かぶ。
    「グラントさんもそう言ってくれてる、アルフィン、少し部屋で休みな」
    「―――でも」
    「今、特に何もやる事ないだろ?」ジョウは安心させるように微笑む。
    「それに、今夜アルフィンには一仕事頼まなきゃならん。正装するパーティなんて、
    俺達だけじゃ心もとない。その為にも、体力養っといてくれ」
    「―――うん」
    アルフィンは躊躇いながらも頷き、グラントに会釈してリビングルームを出て行った。
    彼女の姿が消えると、ジョウは改まった表情になった。
    「グラントさん、申し訳ありません―――気を使って頂いて」
    詫びるジョウに、グラントは軽く首を振って笑った。
    「気が張り詰めていたのが、終って安心したんだろう」
    「そうですな。気の強さで、調子悪いのを隠しちまう時があるんでさぁ」
    苦笑交じりでグラントに答えるタロス。そこにリッキーが割り込む。
    「でもさぁ、アルフィン、最近何か変じゃね?」彼は人差し指で鼻の頭を擦った。
    「この前だって、ココで真夜中に雑誌読んだりしてさ」
    「ココって、リビングルームでか?」
    ジョウが驚いたように声を上げる。すると、タロスも思い出したように頷く。
    「あぁ、昨日だろ?俺も会ったぜ」タロスはジョウの方を向いた。
    「ほら、昨日例の件話に行ったじゃないですか。あん時、ココに座ってた。別にあん
    たに話す事でもないし、声掛けたら少ししたら戻るって言ってたんですがね」
    「いや、俺らが見たのはその前の夜だぜ」リッキーは首を捻った。
    「夜、あんまり腹減って寝らんなかったからさー、ちょっと食べに来たんだよ。で、
    ココ覗いたら雑誌広げて坐ってたんだけど・・・読んでるようには見えなかった」
    タロスとリッキーは顔を見合わせ、同時にジョウの方に眼を向けた。ジョウは視線を
    下に向け考え込んでいる。
    「ジョウ?」
    タロスに呼ばれ、ジョウは顔を上げる。そして、ぽつりと言った。
    「―――三日、か」
    二人には訳がわからない。怪訝な顔をしてジョウを見る。
    「三日前は、俺がワッチしてる時に操縦室に―――来た」
    「で、どんなようすでした?」
    「こっそり来て、入口の前に座り込んでた」ジョウは腕を組んでソファにもたれた。
    「それで、様子が変だったから声掛けたんだが―――さっきと同じだった。何かに怯
    えてる感じだったが、聞き出せなかった。次の朝は普通だったんで放っておいたが」
    う〜ん。クラッシャー達は揃って頭を抱えた。と、ジョウが我に返って慌ててソファ
    から身体を起した。
    「グラントさん、申し訳ありません。内輪の事で。失礼しました」
    他の二人もはっとして、同時にきまり悪そうに頭を掻く。しかし、グラントもジョウ
    に呼びかけられるまで考えをしていたようであった。
    「いや、気にしないでくれたまえ。それより、アルフィン大丈夫かね?こんな事言う
    のも何だが、マリアが―――家内が倒れた時の様子と似ている気がしてね」
    「―――倒れた?」
    ジョウが思わず叫ぶ。心が騒がぬはずがない。
    「もう、昔の事だ。結婚して、ニ、三年の頃だな。私は仕事にかまけてて、気付いて
    やれなかったのだよ」
    「はぁ・・・」
    ジョウは何となく気まずくなる。グラントはふっと笑って腰を上げた。
    「私はこれで失礼しよう。君達も休んでくれたまえ。パーティの事、ヨロシク頼む。
    アルフィンの事も、家内が何か役立てるかもしれんしな。まぁ、彼女をかえって疲れ
    さす危険もあるが」
    「いや、そんな。夫人にお力になって貰えるなら助かります」
    「本当に、女性は難しい。だが、努力する価値はある。そう思わないかね、ジョウ?」
    「え、いや・・・その。―――はぁ。」
    しどろもどろになるジョウにグラントは人の悪い笑みを向け手を差し出す。
    「では、今宵お待ちしている」

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■646 / inTopicNo.5)  Re[4]: 鼓動
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/02/11(Wed) 19:23:30)
    ルミエールの最高級ホテルの一室。
    ジョウ、タロス、リッキーの三人は、どこか落ち着かない様子でテレビを見ていた。
    ただ、時間を潰してる、そんな感じだ。
    が、アルフィンの姿はここには無かった。彼女は、先にグラント主催のパーティに出
    向いていた。グラント所有のこのホテルで行われるパーティは二部構成となっており、
    夕刻から行われたマスコミ向けのモノと、夜行われるプライベートなモノとになって
    いた。毎年行われているパーティではあったが、今年は夫妻の銀婚式も兼ねており細
    部にまで趣向を凝らしているとのもっぱらの評判であった。ジョウ達は夜から出席だ
    が、アルフィンはグラント夫人の強い希望もあって先のパーティから出ていた。
    「アルフィン、上手くやってるかなぁ」
    リッキーがしきりに喉元に手をやりながら呟く。それに応じたタロスも、襟の内側に
    指を入れて顔を顰めて言った。
    「おめぇと違って、ソツなくやってるだろうよ。なにせ、元王女だ。社交に関しちゃ、
    何も心配するこたぁねぇ―――酒を飲んだら別だが」
    「でも、パーティって酒出るだろ?」
    リッキーがやや怯えた表情になる。初めはアルフィンの体調を心配して言い出したの
    だが、酒を飲んだアルフィンを想像した事でソチラの不安に摩り替わる。すると、ジ
    ョウが苦笑しながら話に加わった。
    「大丈夫だ。夫妻に言っておいたし、アルフィンにも注意しておいたよ」
    ジョウはソファから立ち上がり、横に置いておいていた上着を手に取る。
    「さぁ、そろそろ時間だ。行こうぜ」
    ジョウの言葉に、タロスとリッキーも立ち上がり上着を着込む。
    彼らは正装していた。パーティの為である。グラント夫人から贈られたもので、上質
    でしかも試着してから、より身体に合うように直してもらっていた。着心地は最高の
    はずなのだが、着慣れない彼らにとっては窮屈この上ない。しかし、クライアントの好
    意を無下にするわけにもいかず、三人は神妙な面持ちで会場に向かった。


    会場の入口には、ゲストを出迎えるグラント夫妻が立っていた。
    「良く来てくれました」
    グラント夫人が微笑んでクラッシャー達を暖かく迎える。その横に立つすらっとした
    姿態の美しい女性は、アルフィンであった。彼女は正装した三人を見て瞳を輝かせた。
    「良かった、時間通り来てくれて」アルフィンはクスッと笑う。
    「皆、良く似合ってるわよ」
    「へへ・・・。そ、そおかな」
    アルフィンの言葉にグラント夫妻も頷いてるのを見て、リッキーが素直に喜ぶ。それ
    を横で見ていたタロス。わざとらしく見下ろすような視線をリッキーに注ぎ、タロス
    の巨体には不釣合いな猫撫で声で同調した。
    「ほんと、お似合いですぜ、ぼっちゃん」タロスはさり気なく付け加える。
    「まるで、テラで昔やってた『七五三』ってヤツみたいだぜ。写真でも撮っとくか?」
    「え、写真?」
    「そう、記念撮影ってヤツだ」
    「んー、どうしょうかなー。じゃ―――」
    真面目にとるリッキーに、堪らずアルフィンは噴出した。
    「な、なんだよー、アルフィン?」
    リッキーは不満そうな声を上げる。それに対し、アルフィンは一生懸命笑いを堪え様
    としながらやっとの事で言った。
    「だって、あんた『七五三』ってどんなモノか知ってるの?」
    アルフィンはニヤニヤ笑って知らん振りしてるタロスをチラッと見る。
    「あれはねぇ、子供のお祝いよ。確か、女の子が七歳と三歳、男の子が五歳になった
    時、無事にこの年齢に達した事を感謝するんだったと思うわ。で、その時に大人のよ
    うにドレスアップしたらしいわ」
    アルフィンの説明を聞いて。リッキーの嬉し気な表情が一瞬にして怒りの色に変わる。
    リッキーはタロスを睨み、肩を怒らせ戦闘態勢に入った。タロスは小馬鹿にした口調
    でさらりと言った。
    「気にするな。おめにゃ、丁度良い」
    「んだとぉ。バカタロス!」
    まさに、リッキーがタロスに飛びかかろうとした瞬間。リッキーの襟首を、ジョウが捕
    まえた。ジョウは今まで他の事に気を取られてるようであったが、さすがにここまで
    来ると二人の間に割って入った。
    「止めろ、二人とも。場所を考えろ!」ジョウはリッキーの頭を小突く。
    「お前もムキになるな!じゃれたいなら、部屋に帰ってからにしろ」
    ジョウに叱られ、リッキーはふて腐れて口を尖らせた。ジョウは鋭い視線をタロスに
    投げかけてから、グラント夫妻に向き直る。
    「申し訳ありませんでした」
    「いや、気にしないでくれたまえ」
    「ええ、相変わらずですわね」グラント夫人も笑いながら言った。
    「なかなか無い機会ですから、後でご一緒に写真でも撮りましょうか?」
    「はぁ・・・」
    苦笑するジョウ。その言葉を聞いて、機嫌が直ったらしく笑顔が浮かぶリッキー。そ
    れを見ながらニャッと笑ったものの、どうにか口を閉ざしていたタロス。三人が並ん
    でやっと招待客らしい雰囲気になった。

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■647 / inTopicNo.6)  Re[5]: 鼓動
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/02/11(Wed) 19:30:11)
    すると、グラント夫人が自分の横に立つアルフィンの背中に手をやり、少し前に押し
    出すようにした。
    「それより。あなた方、どうかしら?」夫人は誇らしげに三人を見渡す。
    「素晴らしいでしょう?これからも、お願いしたいくらいだわ」
    三人は改めてアルフィンに目を向けた。一斉に皆の視線を浴びて恥ずかし気に僅かに
    頬を染めるアルフィン。それが、多少やつれた面立ちを補い、その美貌を輝くばかり
    にしていた。ドレスは純白のシンプルなデザインに、細い銀色のレースを重ねたもの
    であった。彼女が動くたび、レースの所々が微かに青い光を放つ。小さな宝石が散り
    ばめられてるらしい。豊かな金髪は、両脇を編みこみそのまま背中にたらしていた。
    まろやかな肩を出し大きく開いた胸元には、今年の新作である豪華な首飾りが掛かっ
    ていた。青い宝石と相まって彼女の美しい碧い瞳もキラキラと輝く。耳には同じデザ
    インのイヤリング。豪華であるが、彼女の清楚な美しさを損なわず、かえって眩いば
    かりに見るものを魅惑する装い。
    彼女のチームメイト達は暫し声も無く見とれていた。
    「どう、感想は?」グラント夫人が悪戯っぽく微笑む。
    「あら、声も出ないようね?無理も無いわ、先のパーティでも賞賛の嵐でしたもの」
    「うん、バッチリじゃん、アルフィン。さすがだね」
    リッキーがすかさず口を挟む。ここ数日のアルフィンの様子を、彼なりに心配してい
    た。今、彼女は気持が高揚してる為に一見判らないが、一緒に生活してる者からすれ
    ば本調子では無いのは明白だ。何が原因であるか判らないが、少しでも気持を引き立
    ててやりたい。タロスも同調する。
    「いや、ほんと似合ってる」
    二人の賛辞にアルフィンは嬉しそうに微笑む。と、ここで僅かに間が空く。タロスと
    リッキーは同時にジョウに目を向けた。ジョウに何か言ってもらわなければ。彼が一
    言だけでも褒めれば、姫の機嫌は格段に良くなるのだから。しかし、肝心のジョウは
    落ち着いて見せてはいるが、瞳がソワソワと辺りを泳いでいた。
    「―――兄貴」
    見かねてリッキーが小声で呼ぶ。ジョウがハッとして視線を正面に戻す。その先には
    アルフィンがいた。彼女は上目使いではにかんだように言った。
    「どう?マダム・グラントが見立ててくれたのよ」
    「え?・・・ああ」
    ジョウは曖昧に頷く。コレでは埒があかない。リッキーはジョウの腕を引き、少し傾
    いだ相手の耳に背伸びして素早く言葉を落しこむ。「綺麗だって言ってやんなよ」
    「へ?・・・ああ」ジョウは頷き視線をアルフィンに戻したがすぐに逸らす。
    「ん・・・。綺麗、だ」
    あさっての方を向きながら、ぶっきらぼうに口にされた賛辞だが、アルフィンは嬉し
    そうにジョウに笑いかける。
    「いいわよ、無理しなくたって」
    「いや、そうじゃない」ジョウは、アルフィンに目を向けて慌てて言った。
    「何か・・・不思議な感じがして」
    アルフィンは何も言わずジョウに微笑む。ジョウもつられて微笑みながら言った。
    「似合ってる。―――でも、別人みたいだ」
    「貴方もね」
    アルフィンは少し眩しそうな顔をした。正装した彼。引き締った身体を仕立ての良い
    スーツで包み、隙の無い身のこなしは魅力的だった。一瞬見とれていたが、アルフィ
    ンはある事に気付き手を伸ばす。
    「ちょっと、じっとしてて」アルフィンはジョウのネクタイに触れた。
    「―――少し、曲がってる」
    「――――ん?あぁ、サンキュ」
    戸惑いながらも素直に直してもらうジョウ。この光景を目にしたリッキーはニャッと
    笑うと二人から音を立てずに離れて彼らの死角に入った。
    「うへぇ。アツイ、アツイ」
    小声で言いながら、リッキーは大袈裟に手で顔を仰いで見せた。
    「あほ」
    タロスが見咎め、リッキーの頭に拳固を落とす。
    「ってーな。トウヘンボク!」
    「ガキがいちいちチャチャ入れるな!」
    また二人が揉め始める。それに気付いたジョウが、アルフィンから離れつかつかと彼
    らに歩み寄る。
    「お前ら、何度同じ事言わせるんだ。これじゃ、いつまでたっても中に入れないだろ!」
    確かに振り出しに戻ってる。
    「おっしゃる通りで」
    タロスとリッキーは直ちに休戦し、神妙な顔つきでジョウの後に従った。
    「さぁ、どうぞお入りになって。素敵な夜をお過ごしになっていただければと思いま
    すわ」
    グラント夫人は何事も無かったように微笑んで三人を再び迎える。
    「後でね」
    アルフィンはニッコリ笑ってジョウに言った。ジョウも微笑み返し、右手を軽く上げ
    るとタロス、リッキーと共に会場へと入っていった。

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■748 / inTopicNo.7)  Re[6]: 鼓動
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/07/18(Sun) 04:40:06)
    会場に散らばった招待客は、それぞれ思い思いにパーティを楽しんでいる様子だった。ゲストを迎え入れる役目を終えたアルフィンは、チームメイトの元に戻って来ていた。彼女はジョウの横に立ち、先のパーティの事を皆に話して聞かせている。そして、それと照らし合わせながら、この会場の様子を眺め楽しげに笑っていた。
    そこへ、ゲストの間を挨拶して回っていたグラント夫妻がやってきた。
    「どうかね?堅苦しくならずに、どうか気楽に楽しんでもらいたい」
    「ええ、楽しませていただいてます」
    グラントの言葉にジョウが頷きながら答えると、横からリッキーもしゃしゃり出る。
    「料理も美味かったです、グラントさん」
    「はは・・・、それは良かった」
    グラントは笑いながら満足気に頷いた。それから、チラッと妻の方を見る。夫人は微笑むとさりげない仕草でジョウとアルフィンを皆から少し離れさせた。一方、タロスとリッキーの相手はグラントがしている。
    いつの間にか、二つのグループに分かれて別々の話題で盛り上がっていた。
    暫くして。
    グラントがジョウ達の方へやってきた。
    「歓談中すまない」グラントはジョウとアルフィンの顔を交互に見た。
    「これから、彼らとカジノに行こうと思うのだが」
    「はぁ・・・」
    ジョウは僅かに眉を寄せる。あいつら、無理言ったんじゃないだろうか。そんな考えが思わず、顔に出る。彼らに目を向けると、明らかにソワソワした様子。ジョウがそんな二人を諌めようと口を開くより先に、グラント夫人のからかう様な声が聞こえてきた。
    「まったく、仕方のない人ね。コレ幸いと、自分のお楽しみに彼らをつき合わせる気でしょう?いいえ、何をおっしゃっても駄目ですわ」
    「いや、彼らとカジノの話題で盛り上がってね」
    それからグラントはジョウに目配せをする。
    「言ったとおりだろう?ジョウ、助けてくれたまえ。私は何年経ってもマリアには敵わないんだよ。」
    「は?いや、・・・」
    急に話を振られて焦るジョウ。しかし、またもやグラント夫人の声に遮られる。
    「もう、いったい何をおっしゃったんですの?ジョウを味方につけようとなさるなんて、ズルイですわ。いいわ、それなら私はアルフィンに助けてもらいましょう。いいこと、ジョウ?」
    「―――いや、俺は中立で」
    ジョウが慌てて答える。口で女性二人に敵うわけがない。ましてや、この二人に。ジョウの事実上敗北宣言に、女性達はクスクス笑う。一方、グラントは大げさなゼスチャーで両手を広げ天を仰いだ。
    「いいわ、いってらっしゃいな」
    愉快そうにグラント夫人は夫に言ってから、ジョウとアルフィンに目を向ける。
    「でも、貴方たちは私と一緒にいてくださるわね?」
    「ええ、もちろん」
    アルフィンは微笑んで傍らのジョウを見上げる。彼は苦笑を浮かべていたが、頷いて見せた。


    グラント、タロス、リッキーの三人がいそいそと会場を後にすると、残った三人は先程までの話題に戻った。もっとも、ジョウは聞き役に徹していたが。女性二人は飽きもせず、先程のパーティでの出来事や招待客のセレブ、ファッションについて話し込んでいた。
    やがて、話す勢いも衰えてきた頃。グラント夫人がふと気付いた様に言い出した。
    「まぁ、あまり楽しくて自分の役目を忘れていたわ。申し訳ないけど、少し席を外させていただくわね」
    「え゛」
    何故か、ジョウがうろたえた。アルフィンは首を傾げたが、彼の視線を捕らえられず追求は諦めた。
    「あ、どうぞ。こちらこそ、お引止めしちゃって」
    アルフィンが申し訳なさそうに言った。すると、グラント夫人は小さく首を振り、彼女の頬に軽く手で触れた。
    「貴女がいてくださって良かったわ。今までで、最高のパーティだと思うのよ。お陰で、私まで時間を忘れるほど楽しんでるもの。ありがとうね」
    アルフィンの頬が嬉しげに淡く染まる。グラント夫人は微笑むとジョウを振り返る。
    「少ししたら戻ってきます。それまでの間、楽しんでらしてね。ジョウ、アルフィンをちゃんとエスコートしてね」
    そう言いながら、グラント夫人はさっさと動き出す。そして、ジョウの横を通りしな彼に謎めいた言葉を投げかける。
    「ちゃんと、正式な作法でね」
    「う゛」
    動揺を隠し切れないジョウを尻目に、グラント夫人は後ろも振り返らず去っていった。
    「さっきから、どうしたの?」
    さすがにアルフィンも問いただす。夫人の後姿をすがるように見つめていたジョウは心持肩を落としてアルフィンを見た。
    「―――別に」
    呟くように言って、ジョウは会場を見渡した。口を尖らしなおも追求しようとしていたアルフィンだが、気を取り直し彼と同じようにゆっくりと周囲を見る。初めの頃より、幾分人数が少なくなったようだ。多分、カジノかお茶を楽しみに場所を移動したのだろう。今日はこのホテル全体が貸切なのだから。招待客だけしか入れず、全ての施設が開放されているのだ。
    と、アルフィンはあるものに目を留めた。
    「ね、ジョウ。あれ見て」
    アルフィンに言われてジョウは目を向ける。会場の片隅に置かれた大きなクリスタルのツリー。その透明な枝には幾つものまばゆいオーナメントが飾られている。
    「あれよ、あたしが言ってたの。いつの間に置いたのかしら?初めは無かったじゃない?」
    「う・・あ、あぁ」
    「どうしたの?」
    ジョウの妙な反応に眉を顰めたアルフィンだが、ツリーの美しさにすぐに表情が晴れた。
    「先のパーティではね、中央に置かれてたのは良いけど、物々しいガードマンが付いてて近くで見れなかったのよ。ま、オーナメントが宝石だものしかたないわね。招待客の質も今回とは違うし。取材の人とか、大勢来てたもの」
    「へぇ」
    気のない返事。しかし、ジョウはツリーを見つめている。アルフィンも視線を戻す。すると、ツリーの近くにカップルがいるのが目に入った。寄り添い幸せそうだ。ツリーやその周りに飾られた花々に遮られてはっきりとは見えないが、男性が女性を引き寄せたのが分かった。そして、頬に口付けたような仕草。
    アルフィンは、思わず傍らのジョウを見た。すると。
    彼の全身から漂う、不思議な緊張感。不思議に思ってアルフィンは口を開きかけたが、飲み物を運んできたハミングバードに気を取られた。
    「な、なんか飲もうぜ」
    幾分ホッとした表情でジョウが向き直る。アルフィンも頷き、自然に話題が変わっていった。

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■749 / inTopicNo.8)  Re[7]: 鼓動
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/07/18(Sun) 04:46:23)
    アルフィンは戸惑ったように何度もジョウを見ていた。彼女の話を聞きながらも、ジョウは心ここにあらずといった感じにみえたから。
    「なんか、変よ?」
    「ん?」
    「あたしの話、聞いてないでしょ?」
    「―――そんなこと、ないぜ。聞いてるよ」
    ジョウはすぐに否定した。硬い表情で。しかし、アルフィンの探るような視線に無理矢理笑みを浮かべてみせる。
    そして。ジョウは一度深呼吸すると、幾分強張った表情でアルフィンの肩にそっと手をやり促した。
    「それより、近くに行ってみないか・・・あのツリーのさ」
    「え?あ、うん。いいわよ?」
    突然言い出したジョウに首を傾げながらも、アルフィンは誘われるままに彼と共に歩き出した。


    クリスタルのツリー。
    それは近くで見ると予想以上に大きく、そして美しい。植木鉢を模った一メートルほど高さの台座は、淡くグリーンに色付けされていた。その上に三メートルくらいのツリーがそびえていて、精巧に形作られた枝には、カット前の宝石や宝石で作られたオーナメントが吊り下げてあった。所々にクリスタルの星型のオーナメントもあるが、その中は空洞になってるようで、それぞれに何か入っていた。
    「ステキねぇ・・・」
    アルフィンはうっとりと見上げる。
    「・・・」
    ジョウは居心地悪そうな表情でソワソワしている。
    「ねぇ・・・一体、どうしちゃったのよ?何か、隠してない?」
    「うっ」
    ジョウは言葉に詰まる。が、ふっと笑みを漏らし胸のポケットに手をやった。彼が取り出したのは銀色のペンダント。ペンダントヘッドはキーの形。そして、アルフィンをチラッと見ると無言のままツリーに歩み寄る。
    「?」
    アルフィンは不可解な行動に黙ってジョウを見つめていた。
    手を台座に添え、ジョウはある場所にペンダントのヘッドを差し込む。まるで、本物の鍵のように。
    と、ツリーが微かに揺れた。
    少しの時間を置いて。ツリーの根元の部分が小さく開き、何かが静かに転がり出てきた。それをジョウがゆっくりと手に取る。
    「??」
    アルフィンは困惑して立ち尽くしていた。そんな彼女の元に。ジョウが戻ってきた。それから、幾分ぶっきら棒に先程手にしたものを差し出す。目をしばたかせながらも、受け取るアルフィン。
    「コレ・・・ツリーのオーナメントじゃない?」
    「ああ、そうだ」ジョウは頷く。
    「少し早いけど・・・」
    「え?」
    「誕生日、来月だろ?」
    「う、うん」
    「だからさ・・・コレ」ジョウはあらぬ方向を見ながら呟くように言った。
    「二十歳の誕生日だから、ちゃんとしたのと思ってさ。で、今回の仕事オファー来た時に、マダム・グラントに相談したんだよ。俺、よく分かんなか―――」
    「!」
    初めはキョトンとしてたアルフィンだが、ジョウの言ってる意味を理解すると彼の首に腕を回し抱きついた。
    「嬉しい!」
    「うわっ」
    不意を衝かれ、ジョウは言葉を続けられなくなる。
    「アルフィン、ち、ちょっと、タイム」ジョウはアルフィンを引き剥がす。
    「よ、喜ぶのは、一応見てからのが良くないか?」
    「ううん、嬉しい。誕生日、覚えてくれただけでも嬉しいんだもん」
    はしゃぐアルフィン。ジョウは眩しそうに見た。そして、彼女に先程使ったキーの形をしたペンダントも渡す。
    「これが、キーになってる。差し込めばロックが解除されるんだ。開けてみて」
    アルフィンはにっこり笑うと、息を止めキーを差し込む。
    ケースが開く。
    「―――ステキ」
    アルフィンは目を輝かせる。彼女が手に取ったのは、何連か小さな宝石を連ねたブレスレットだった。透明に近いものから濃い色まで、様々なブルーの宝石で作られている。その中でも澄んだ濃いブルーの石が目を引いた。角度によってはブルーグリーンに見えたり、色々な輝きを放つ宝石。よく見ると、星のような形をしている。
    「これって・・・」
    胸が一杯で、アルフィンは言葉にならずに潤んだ瞳をジョウに向ける。ジョウは照れ臭そうに右手の人差し指で頬を掻いていたが、少し顔を赤らめながらも彼女の視線を受け止めた。
    「かしてみな。んで、手をこっちに」
    差し出された白く華奢な腕。ジョウは、緊張した面持ちで慎重にブレスレットをつけてやった。光を受けて輝く宝石。アルフィンの瞳のように、キラキラと。
    と、ジョウが身を屈め、そっとアルフィンの手を取りブレスレットに唇を落とす。
    一瞬の出来事であった。驚きのあまり、アルフィンは何のリアクションも出来ない。
    ジョウは照れたような笑みを浮かべアルフィンを見た。そして、照れを隠すためか少しおどけた口調で言う。
    「お気に召したようで、光栄です」それから、やや改まった顔になる。
    「ピザンでは、盛大に祝うんだろうが、俺・・・俺達も君の幸せと無事を祈る気持ちは同じだ。これからも、君らしくいてくれ」
    アルフィンの瞳から涙が零れ落ちる。彼女は思いを込めて、再びジョウに抱きつく。そんな彼女を受け止め、ジョウはそっと抱きしめてやった。


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■754 / inTopicNo.9)  Re[8]: 鼓動
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/09/20(Mon) 03:56:41)
    暫く二人でツリーを眺めていた。しかし、五十歳代と思われる落ち着いた雰囲気のカップルが近づいてきたので、二人は軽く会釈をするとその場を離れた。きっと、夫から妻へのプレゼントが捧げられるのだろう。
    先程までいた場所に戻ってきたジョウとアルフィンは、飲み物で軽く喉を潤しながら他愛のない会話を楽しんでいた。アルフィンは度々、自分の腕に煌めくブレスレットに幸せそうな笑みを浮かべて視線を落としながら。そんなアルフィンを、ジョウは優しく見つめていた。
    「あら?」
    アルフィンが声を上げる。ジョウがその視線の先に目を向けると、グラント夫妻が揃って戻って来たところだった。彼らは会場をさりげない仕草で見渡していたが、ジョウとアルフィンに目を留めると微笑んだ。どうも二人を探していたらしい。ゆっくりとこちらに近づいてくる。
    「どうも」
    ジョウがやってきた彼らに会釈する。アルフィンも横で優雅に会釈をしていた。
    グラントは傍によって来たウェイターからグラスを二つ取るとジョウに差し出した。
    「どうかね?」
    「はい、いただきます」ジョウがグラスを受け取る。そして、苦笑と共に尋ねる。
    「タロスとリッキーは、まだカジノですか?ご迷惑をお掛けしませんでしたか?あいつら、カジノに目がなくて」
    「いや、楽しませてもらったよ」グラントは笑いながら言った。
    「だが、色々やらなければいけないのでね。彼らを残して戻ってきたわけだ。でも、君達と話す時間は十分ある。忙しい君達と会う機会はなかなか無いからね。少しの間、付き合ってくれたまえ」
    「はい、喜んで」
    ジョウは応じ、グラスを傾ける。すると、グラント夫人がアルフィンの手を取って彼女の顔を覗き込む。
    「疲れてない、アルフィン?」
    「えっ?はい、平気です」
    アルフィンは小さく首を振る。グラント夫人は微笑んで、頷いた。
    「そう、でも少し休みましょう。お茶に付き合ってくださらない?」
    アルフィンはジョウに目を向ける。ジョウが頷くのを見て、アルフィンはグラント夫人に笑顔を見せた。
    「はい、お供しますわ」
    「では、こちらは男同士語り合うとするか」
    グラントはジョウに向かってグラスを掲げてみせる。
    「あまり余計な事、ジョウに吹き込まないでくださいね、あなた」
    グラント夫人に釘を刺され、彼はおどけて首をすくめて見せた。その仕草に皆が笑い出し、和やかな雰囲気の中でアルフィンは夫人に連れられ会場を出て行った。


    アルフィンが連れてこられたのは広いティールームだった。他に人気は無い。ブルーを基調とした重厚且つ爽やかな調度品。そして。正面の壁は、強化ガラスになっていて眼下のイルミネーションが暗闇の中に映えていた。
    しかし。
    窓の外に自然と目を向けたアルフィンの顔色がみるみる青ざめる。それにグラント夫人も気付く。
    「アルフィン、どうしたの?」
    だが、アルフィンは外を凝視したままだ。彼女が見つめてるのは暗い空。下に広がる美しいイルミネーションではなく。
    「夜・・・」
    アルフィンの唇から、暗鬱な呟きが漏れる。いつもの彼女とは似つかわしくない声。グラント夫人が、心配げにアルフィンの顔を覗き込む。
    「疲れた?顔色が良くないわ」
    グラント夫人は、言いながらアルフィンの肩に手を置く。
    ビクッ。
    アルフィンの肩が跳ねたる。彼女はハッとした様子で首をめぐらす。二人の目が合った。
    「大丈夫?少しお話したいと思ったんだけど、部屋に戻ってお休みになる?」
    「いいえ、いいえ。平気です」アルフィンは強く否定する。
    「ご一緒しますわ」
    「無理なさらないで良いのよ。ごめんなさいね、パーティで疲れたでしょう?ゆっくり眠るのが一番かも―――」
    「本当に平気です。眠くもありません」
    微かに怯えを滲ませた声でアルフィンが遮る。
    「・・・では、少しだけね」
    グラント夫人はそう言って、アルフィンを促し窓辺の席に座らせた。


    薫り高い紅茶を飲みながら、二人は静かに談笑していた。主にグラント夫人が、アルフィンに休暇やピザンの事を聞き、彼女がそれに答えていた。
    そして、話は自然とアルフィンのピザンへの帰郷の話に移って行く。
    「―――そう、それでは、クラッシャーになってから初めて帰るのね?」
    「ええ」
    アルフィンは、陰のある笑顔で頷く。それを敏感に感じ取ったようだが、グラント夫人は気付かぬ振りでにこやかに言った。
    「さぞや、ご両親はお喜びでしょうね。皆さんも、行かれるのでしょう?」
    「―――いいえ」アルフィンは淋しげにゆっくりと首を振る。
    「皆は、仕事があるんです。あたしだけ、休暇、なんです。この制度、チーム全員に適用されるわけでは、ないの」
    二十歳の特別休暇。生き抜いて二十歳を迎えた者に、アラミスか、肉親もしくはそれに近い者が住む星でのみ許される休暇。チームリーダーが該当者なら、チーム全体が休暇を許されるが、それ以外は本人のみが通例だった。仕事を調整して全員で休暇を取る場合も多いが、多忙を極めるジョウのチームは叶わない事である。
    アルフィンの説明を聞いたグランと夫人は、少し顔を曇らせた。
    「残念ね。皆も、アルフィンのパーティに出たいでしょうに」
    「・・・」
    アルフィンは答えずに目を伏せた。長い睫毛が微かに震えていた。
    「どうかしたの?」
    大きく息を吸い込む素振りをして、アルフィンはその大きな碧い瞳をグラント夫人に向けた。
    「どうなんでしょう?分からないんです」淋し気な微笑が浮かぶ。
    「―――ジョウ・・皆は、ピザンの事、あんまり好きじゃないみたい」
    「え?」
    「あたしが、どうしてチームに入ったか聞いてらっしゃいますか?」
    「ええ」
    「ピザンのせいで・・・大事なチームメイトを失っているんです。それに、格式張った事、ジョウは好きじゃないから」
    「それでも、特別な事よ。貴方の二十歳のお祝いですもの」
    そう言うと、グラント夫人はアルフィンの腕にそっと触れた。ブレスレットが柔らかに輝く腕を。
    「コレを送ったのも、貴女を精一杯祝福してあげたいからよ。私も彼から女の子に何かプレゼントしたいって相談された時、驚いたけれど。」
    「ステキですわ。マダム・グラントがデザインしてくださったのね。ありがとうございます」
    「気に入ってくださって嬉しいわ。ピザンでも付けてくだされば嬉しいけど。それで、皆さんの感想を聞いてきてくださいな。勿論、ジョウにも聞かせてあげてね。自分の送ったものを貴女が身に着けて出たパーティの話なら、格式ばっていたって聞きたがると思うのよ。口には出さなくても、貴女の帰りを待ち侘びてるはずよ」

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■755 / inTopicNo.10)  Re[9]: 鼓動
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/09/20(Mon) 04:02:35)
    すると、アルフィンは伏目がちになりポツリと呟く。
    「待っていてくれるのかしら・・・」
    「え?」
    「い、いいえ。なんでもないんです」
    アルフィンは、慌てて首を振って否定しゆっくりと俯く。しかし、グラント夫人は真顔になってアルフィンを見つめていた。そして、静かな口調で語りかけた。
    「ねぇ、アルフィン。お会いしたばかりの私が差し出がましいようだけど。気になるのよ、あまりに貴女があの頃の私に似ていて。苦しみを押し殺していたあの頃の私に」
    その言葉に、アルフィンの瞳に動揺が走る。心に潜む不安を見透かされたようで。彼女は平静を装おうとむなしい努力を試みていた。だが、それすらもグラント夫人には見抜かれているのをアルフィンは悟って深呼吸をすると顔を上げた。
    「もう、昔の事よ。私は、自分の存在を必死で探そうとしていた・・・ジャンの中に」
    「!」
    アルフィンは口を開きかけたが言葉を発することができなかった。グラント夫人は、慈しむ様に彼女を見つめ返す。
    「私は世間知らずだったから、初めは彼の傍に居られるだけで幸せだったのだけど、その半面で役に立って自分が居て良かったと思って欲しいと切望していたわ。特に、彼の名声が高まるにつれてね。彼は仕事に没頭していたから、私が寝る間も惜しんで勉強していたのは夢にも知らなかったでしょうよ。私も、必死で隠していたし。やがて私も彼の仕事を手伝ったり、デザイナーとして少しずつ地位も確立していったわ。でも、彼の背中を見失ってしまいそうな恐怖が常に付きまとっていたの。それから、私の為に彼に良くないことが起こったらとかの不安もあった。特に、彼と離れてる時は夜も眠れなくなるくらいね」
    アルフィンの瞳から、ポトリと涙がこぼれた。
    「―――私も、不安なんです」アルフィンは唇を震わせる。
    「最近、嫌な夢を見る事が多くて・・・夜寝るのが怖い」
    「夢?」
    「あたしが何処かで独りぼっちになる夢とか。ジョウを呼び続けているの。それに・・・この頃は」
    アルフィンはいったん言葉を切り身震いする。
    「この頃、どんどん酷くなるの。この前は、私が船を降りていたのに連絡を受けてミネルバに戻ると・・・ジョウの宇宙葬だったの。怖かった。どうにかなりそうだった、夢の中であたしも後を追おうと―――」
    「アルフィン」
    身を震わせるアルフィンの手をグラント夫人はそっと握り締める・
    「―――すみません。もう、平気です」アルフィンは涙の滲んだ瞳をしばたかせた。
    「あまりにリアルで、あたし耐えられない。でも、ジョウには言えない・・・こんな夢を見たなんて。最近、仕事が立て込んで疲れてるのに、余計な心配させたくないんです。ただでさえ、このところ、あたしのせいでジョウが怪我する事が多いのに」
    「貴女のせい?」
    アルフィンは頷く。
    「あたしが油断して敵に撃たれそうになると、ジョウが決まって庇ってくれるんです。だから、あたし・・・怖いんです。あたしが、居ない方が楽だと思われたら。あたしを庇う必要の無い気楽さを知ってしまわれたら。あたしがいない意味をそう思われたらって」
    アルフィンは心に潜む不安を吐露した。もはや耐えられなかった。口に出すことで救いを求めようと、本能的なものだった。それほどに、目の前にいるグラント夫人の瞳は慈愛に満ちていた。
    無言の時が流れた。
    やがて、グラント夫人が静かに口を開いた。
    「あの頃の私もそうだったのよ。何よりも、彼の足手まといになることを恐れていた。でも、無理を重ねた結果、私は倒れてしまったわ。それも、大きなショーを計画中にね。ジャンは開催する予定のテラに行って留守だった。私は絶望感に襲われたわ。努力が無駄になったって。私も彼を手伝いにテラに行く予定だったけど、安静を命じられてしまって。でも、彼なら私が行かなくてもそつ無く進める事が出来ると思っていたわ。それが、なにより辛かった。私が居なくても、彼は平気だと思うと」
    「・・・」
    アルフィンは無言でグラント夫人の顔を見つめていた。すると、彼女はふっと笑ってアルフィンを見つめ返した。
    「でも、私は間違っていた」
    「え?」
    「帰ってきたのよ、連絡を受けると。私は怖かったわ。愛想をつかされるかと思ったの。でも、彼は私の顔を見るなり抱きしめてくれた。そして、見たことも無いような青ざめた顔をして言ったわ。『良かった。君を失うなんて耐えられない』って」
    そのときの様子を思い出したのか、グラント夫人は遠くに視線を向けて微笑んだ。
    「私、驚いてしまって。でも、初めて悟ったわ。彼は自分を必要としてるんだって。仕事のパートナーとしても、心の支えてとしても。人には役割があるものよ、アルフィン。別に、技術的な面で彼に認められようとがむしゃらになる必要は無いわ。貴女にしか出来ない事もあるのよ。時には庇われても良いじゃない。貴女がチームに入ってから、ジョウは良い意味で変わったと思うのよ」
    「変わった?」
    「ええ、彼、お母様を知らずに育ってるし、小さい頃から大人の中で暮らしているでしょ。それも、男性ばかりの中で。しかも、お父様のチームを引き継いでるからプレッシャーも相当なものだったでしょうね。初めて会った時には、あまりにも大人びていて驚いたわ。真っ直ぐ前だけを見つめて、自分を押さえつけてる感じだったの。でも、今回の依頼の打ち合わせをする時に会って、彼がずいぶん優しい笑い方をする事に気づいたわ。貴女の話をする時にね。ブレスレットのデザインを決める時に、貴女が碧い瞳をしてると言ってたので、青い宝石を色々一緒に見てたのよ。それで、彼が貴女の瞳に一番近いと言ってたのがこの宝石」
    グラント夫人はアルフィンの手を取り、空いた手で彼女のブレスレットのある宝石を指し示した。それは、星のような形をした一際美しい碧い光を放つ石。
    「これは、『ペルセウス』と呼ばれてる宝石よ。ご存知?」
    「あの、幻の・・・」
    アルフィンは、目を見張った。本物は初めて見るからだ。この惑星の一部の鉱山でのみ産出される希少な宝石。硬度はダイヤモンドの比ではなく、現在確認された宝石の中で最も高い。初めから星型をしているが、あまりに硬いため加工は殆どされることが無かった。それに、大きさも最大1カラット程度で、産出量も極端に少ないため殆ど市場には現れない。鉱山主の裁量で譲り渡すのが現状であった。
    「私も貴女に会って思ったわ、彼がこの宝石を選んだのは間違いは無かったって」
    グラント夫人は微笑んだ。
    「宝石言葉はね。『貴女を守り抜く』よ」
    思わず、ジョウの顔を浮かべアルフィンはブレスレットに手をやった。不安な気持ちが消えていく。彼女の瞳が宝石に負けない輝きを放つ。
    満足そうに頷くグラント夫人は、ふと口調を変えた。
    「そう言えば、ジョウはちゃんと“正式な作法”でプレゼントを渡してくれたかしら?」
    「は?」
    アルフィンは首を傾げる。悪戯っぽいグラント夫人の瞳を見て戸惑いながらも、プレゼントを貰った時の事を思い返す。と、アルフィンは噴出した。あの時のジョウは・・・
    「え、ええ、勿論。あれって、正式な作法だったんですか?」
    アルフィンは笑い出す。きっと、グラント夫人にもっともらしく言われて信じ込んだのだろう。だから、あんなにパーティの初めから緊張していたのだ。
    「以外に素直なのよ、彼って。せっかくのプレゼントなんだから、キチンとねって言ったの」
    二人は顔を見合わせてクスクス笑った。言われての行動とはいえ、アルフィンは不思議に落胆はしなかった。ただ、嬉しかった。照れ屋のジョウが送ってくれた精一杯の気持ちが。そんな彼女の幸せそうな笑顔を見て、グラント夫人は満足気に頷きながら、密かにウェイターに手で合図を送った。


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■757 / inTopicNo.11)  Re[10]: 鼓動
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/10/03(Sun) 16:23:02)
    二杯目の紅茶も飲み終わる頃、アルフィンの心はだいぶ穏やかになっていた。気持ちを重苦しくしていた不安を、母親のようなグラント夫人に打ち明けた為に。
    と、そこにグラントと一緒にジョウが現れた。
    「ご婦人方、よろしいかな?」グラントは近づいて来て二人の顔を交互に見た。
    「あれだけ話をしていて、まだ足りないと見える」
    「あなたがおっしゃる程ではありませんわ。ねぇ、アルフィン?」
    グラント夫人が夫に、にこやかに抗議をする。アルフィンはクスリと笑う。確かに男性から見れば呆れるほど長いだろう。彼女にしても、ピザンを出てからこれほどファッション等の女性特有の話題で話し込んだ記憶がなかった。
    「マリア、良いお相手が見つかったので放したくない気持ちは分かるが、そろそろ彼女をジョウに帰してやってくれたまえ。ジョウは心配で気もそぞろになってきたようだ」
    「い、いや」からかいを含んだグラントの口調に、思わずジョウは手を振って否定する。
    「別に、そんな、心配なんて―――」
    「心配、してくれないの?」
    すかざず、アルフィンが拗ねたように声を上げる。
    「うっ」
    言葉に詰まったジョウが、アルフィンの方に目を向けると彼女は幾分口を尖らせていた。だが、瞳には悪戯っぽい輝きがあり機嫌が傾いてはいないようだ。ジョウは内心ホッとする。グラント夫人と話したのが功を奏したらしい。多分、彼女は巧みにアルフィンの心を開かせて力づけてくれたのだろう。どんな事か自分には想像もつかないが、アルフィンの不眠の原因は身体的なものでは無い事だけは分かっていた。自分が、彼女の力になってやれないのは辛い。ジョウは少し苦い思いを味わいながらも、心を砕いてくれるグラント夫妻に無言で感謝をする。
    その気持ちが届いたかのように、グラント夫人はジョウを見て微笑んだ。
    「さ、あなたのレディをお返しするわ」そして、アルフィンに頷くと立ち上がる。
    「もう遅い時間だけど、二人で外を見てきたら良いわ。今日は特別ですもの。もうすぐ雪が降る予定だから、きっと美しいでしょう。大丈夫ね、アルフィン?」
    「はい」微笑みながら、アルフィンは頷く。
    「良いでしょ?ジョウ」
    「あ、あぁ。君が平気なら」
    ジョウは、彼女から久しぶりに輝くような笑顔を向けられ一瞬戸惑う。が、すぐに笑い返しグラント夫妻を振り返る。
    「それでは、少し外に出てきます」
    「外は寒くなるわ。雪も降ることだし。貴方達にコートを用意させてるのよ。下で受け取って頂戴。気に入ってくだされば良いけど」
    グラント夫人はおどけて言葉を続ける。
    「とにかく、気に入らなくても今夜は着て頂戴ね。風邪を引いたら困るでしょ?後は仕舞い込むなり好きになさってくださいな」
    ジョウもアルフィンも笑い出したが、その好意を有難く受ける事とする。完全に仕組まれているらしい。ジョウは観念した。先程までのグラントとの話題もコレを見据えてのことだろう。しかし、ジョウは素直に従うこととする。
    「さ、行こうか」アルフィンを促し、ジョウはグラント夫妻に目を向ける。
    「それでは、失礼します。では、明朝にご挨拶に伺います」
    「楽しんでらしてね」
    グラント夫人は、ジョウにコートの受け取り場所の説明をして、弾んだ声で二人を送り出す。グラントは軽く手を上げて見せただけだ。
    しかし。歩き出そうとしてジョウがふとグラントを振り返ると。彼は、楽しげな様子でジョウに片目を瞑って見せた。それにジョウは苦笑で答えると、肩を竦めアルフィンと共に指定された部屋へと向かった。


    ジョウは二人のコートを受け取ると、それを手に持った。ホテルの中は暖かく、羽織ると汗をかきそうだ。その為、ホテルを出る前に着ることにする。アルフィンが一緒に用意されていたヒールの低い靴に履き替えるのを待ち、そのまま歩き出した。
    ロビーは閑散としていた。皆、外に出たり思い思いに楽しんでいるのだろうか。すれ違う人は殆どいなかった。
    やがて、グラントに教えられた出入り口に辿り着く。
    「ココから行くと、メイン会場のエトワール広場に近いそうだ」
    ジョウはアルフィンに説明すると、手に持ったコートに視線を落とす。
    「ほら、コート着ろよ」
    ジョウはアルフィンの肩にコートをかけてやる。彼女のコートはオフホワイトで襟と袖口、そして裾にグルリと白いファーが付いていた。アルフィンは袖を通し、ボタンを留めるとジョウを振り返る。
    「よく、お似合いです」
    素早くジョウは言って、自分もコートを羽織る。黒のシンプルなデザインだ。しかし、ジョウは袖を通すと顔をしかめながら、スルリとネクタイを取りボタンも一番上を外す。
    「どうしたの?」
    アルフィンは首を傾げてジョウを見上げながら尋ねた。すると、ジョウは肩を竦め大げさな深呼吸をしてから、ネクタイをコートのポケットに押し込みにやりと笑う。
    「―――これで息が出来る」
    「もう」
    アルフィンはクスクス笑ってジョウの腕を軽く叩いた。
    用意が整ったところで二人はホテルの外に出た。
    空気が冷たいが、思ったほどではない。まだ雪は降っておらず、夜空には星が瞬いている。
    二人は言葉を交わすでもなく、ゆっくりとした足取りで歩いていった。
    五分も歩いただろうか。グラントが言った通りに並木道が現れる。
    アルフィンがため息のような声で呟く。
    「綺麗・・・」
    現れた並木道。それは光に彩られていた。真っ直ぐに伸びる眩い道。
    二人は足を踏み入れる。彼らの両側には、淡い光を投げかける小さな光を散りばめた木々がずっと続いていた。
    「ここは宇宙を表しているそうだ」ジョウはグラントにまんまと乗せられて苦笑する。
    「―――さっき、グラントさんが色々教えてくれたよ」
    「そう、じゃ説明してね」
    アルフィンはにっこりと笑う。それから、するりと自分の腕をジョウの腕に絡ませる。ジョウは焦って彼女を引き剥がそうとするが、その碧い瞳があまりにも幸せそうに自分を見上げてるのに降参した。仕方なく、そのままで歩き出す。でも、照れ隠しにどうでもいい事を口走った。
    「これ、ライト幾つくらい使ってるんだろう?外すの大変そうだ」
    あまりに現実的なジョウの言葉に、アルフィンはガクッときて額を彼の腕に押し当てた。
    「どうした?」
    「ん。なんでもない」
    アルフィンはそのままの姿勢で答えた。気を取り直し、彼女は顔を上げるとゆっくりあたりを見渡した。周りには、多くの人が行き交っていた。殆どが若いカップルである。イルミネーションを楽しむ恋人達。自分も、ジョウと二人きり。
    ―――――あたし達も、恋人同士に見えるんだわ。
    アルフィンは頬が仄かに上気するのを感じて。再びジョウの腕に顔を押し当てる。
    「どうした?」
    「ううん、なんでもないのv」
    先程と打って変わった甘えるニュアンスを含んだ声。ジョウは戸惑ったが機嫌が良さそうなのを幸いと深くは追求しない事とした。

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■758 / inTopicNo.12)  Re[11]: 鼓動
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/10/03(Sun) 16:24:43)
    二人がゆっくりとした足取りで歩いて行くと、視線の先に明るく輝く広場が見えてきた。そして冷えた空気が漂ってくるのを感じた。不思議に思っていたが、広場に近づくにつれて納得する。雪だ。クリスマスの演出として。広場に幾つも立てられた巨大なツリーのイルミネーションが、雪に美しく映えていた。
    「わぁv」
    思わずアルフィンは歓声を上げ、ジョウから離れて走り出そうとする。
    「ったく、転ぶぜ?」
    ジョウは、自分の腕からするりと抜けた華奢な手を咄嗟に掴んで引き戻す。
    「平気よぉ」
    僅かに頬を膨らませたものの、アルフィンは素直に諦め彼の腕に再び腕を絡ませる。そして、二人並んで広場に入って行った。
    しかし。
    「あら?」
    アルフィンが首をかしげる。ジョウはグルッと辺りを見渡し小さく口笛を鳴らす。遠くからだと、広場一面を雪が覆ってる様に見えたが実際は違う。一見、雪が降った後に人がツリーを見る為に歩けるように雪を寄せたかに見える。だが、地面は白い特殊素材で覆われ、ツリーの下と所々に積まれた雪だけが冷気を放つ人工雪らしい。
    「凄いわね・・・」
    「あぁ」
    アルフィンに頷き返し、ジョウは改めて広場を見渡した。白い世界に巨大なツリー。純白のツリーを飾るイルミネーション。計算されて配置されたツリーは、それぞれテーマがあるとゆう。
    「メインテーマは『イノセント』だってさ」ジョウはアルフィンに顎をしゃくって示す。
    「とりあえず、見に行こうか?」
    「うん」
    アルフィンはニッコリ笑ってジョウを見上げた。彼らは滑る心配が無くなった為か、無意識に歩調を速め広場の中心に向かった。
    ツリーの傍まで来ると、やはり根元にあるのは人工雪だった。冷気が強まる。と、アルフィンは目の前を行くカップルが、フッとお互いに身を寄せたのに気付く。彼女はそっと傍らのジョウを盗み見た。彼はツリーを見上げている。アルフィンは微笑を浮かべると絡ませた腕に少し力を込め更に密着してみた。
    「?」
    ジョウは腕に掛かる重みに視線をアルフィンに向ける。
    「どうした?」
    アルフィンは答えない。悪戯っぽい笑みが口元に漂っている。そして、彼女はジョウの肩に頬を押し当て上目遣いに彼を見た。
    「な、なんだよ」ジョウは、ドギマギして上気する顔を背けながら照れ隠しに呟く。
    「歩きにくいんだが―――うっ」
    速攻で入ったアルフィンの肘鉄がジョウのわき腹に食い込む。
    「寒いんだから、良いでしょ」
    「じゃあ、帰る―――」
    「いいの、こうしていれば温かいから」
    ジョウの言葉を遮り、アルフィンは拗ねて口を尖らす。だが、そう言いつつも彼女は甘えるような仕草で腕をキユッと締め付ける。かなわない、アルフィンには。ジョウは苦笑し、彼女の好きなようにさせた。
    広場の中央にあるツリーの前に辿り着くと二人は足を止めた。見上げるとその大きさ美しさに圧倒される。オーナメントは球体が基本で、色もそれほど華やかでは無かったが、無数に散りばめられた小さな明かりが瞬き荘厳な感じさえする。
    「コレのテーマは、『宇宙』だそうだ。どうやら、ソルらしいが」
    「あ、トップが太陽ね?」アルフィンはジョウから離れ、ツリーに更に近寄り見上げた。
    「それで、あれがテラであっちがマルス。きゃあ、素敵ねv」
    「まあな。でも、大きさデタラメだぜ?」ジョウは肩をすくめる。
    「距離間だって、適当もいいトコだ」
    アルフィンはクルッと振り返り呆れた声を出す。
    「そんなの、いいじゃない。バランスが大切でしょ?」
    「だって、これの方がバランスおかしいだろ?こんな太陽系、行きたかねーな」
    「あたしの言ってるバランスは、見た目の事よ!」
    アルフィンはタメ息を付く。
    「そんなもんか?」
    「そんなもんよ」
    首を捻るジョウに、アルフィンは大きく頷いて見せ、気を取り直して笑いかける。
    「じゃ、他のを見ましょ」
    次にジョウとアルフィンが見上げたのは、先のに比べて華やかなオーナメントが飾られている。色とりどりの魚やサンゴであった。
    「コレは『海』がテーマなヤツだ」ジョウは言ってから呟く。
    「だが、海のモンが木にいるってのも妙だけどな」
    「でも、綺麗じゃない?」
    「まあな。じゃ、次行くか?」
    「もう・・・」
    アルフィンは苦笑しつつも頷いた。
    次に訪れたのは更に色彩が豊かだった。現実ではありえないほどの大きさと色を使って表されたのは、無数の蝶を始めとする昆虫の群れ。蝶が舞う幻想に囚われるほど美しい。付近では数人の女性達が“綺麗―v”“素敵―v”と歓声を上げている。
    「見ての通りの『昆虫』がテーマだな」
    そんな彼女達を横目で見ながら、ジョウは腕を組んでぼそりと言った。
    「ああやって喜んでいるが、実際は虫見て悲鳴を上げてんじゃないか?きっと、こんなに集ってたら気絶するぜ?」
    「もー、なんでそんなヘンな解説つけんのよ!」
    アルフィンは抗議の声を上げる。ロマンチックな雰囲気の欠片も無い。
    「もっと、なんかこう・・・言い方あるでしょ?」
    「んー」
    ジョウは腕を組んだまま暫し考える。が、上手い言葉が出てこなくてさっさと先に進むことにした。
    「―――次、な?」
    「ん」
    アルフィンは諦めて肩をそびやかした。
    「これは『花』がテーマ」
    ジョウは言ってアルフィンを見る。
    妙な間。
    「・・・」
    目でアルフィンが促す。ジョウは困惑した顔で少し考え込む。けれど、上手い言葉なんて出てくるもんじゃない。彼女のお気に召すようなセリフなんて。ジョウは短く答える。
    「いろんな、花」
    「う・・・ん。そうね」アルフィンは小さく首を振り、ツリーを見上げた。
    「―――確かに、いろんな花ね」
    「だろ?」
    それからすぐ近くにあるツリーに移動する。
    「これは『鳥』のツリーだ」
    そう言ってジョウは口をつぐむ。
    「―――で?」
    アルフィンは首をかしげてジョウを見る。
    「・・・」
    「いろんな、鳥?」
    「うっ」

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■759 / inTopicNo.13)  Re[12]: 鼓動
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/10/03(Sun) 16:26:03)
    アルフィンに突っ込まれ、言葉を無くすジョウ。普段見られない困り果てた表情。アルフィンは堪らず噴出した。ジョウもバツの悪そうな笑みを見せる。
    「勘弁しろよ、アルフィン」
    「うん。勘弁してあげる」
    アルフィンは笑いながらジョウに近づくと、彼に甘えるように身体を摺り寄せた。


    ジョウは次々とツリーを見ていくうちに、広場の反対側まで来ていることに気付いた。幾つ見たのだろう。歩き回りはしたが、彼はさほど疲れを感じていなかった。しかし、ふとアルフィンの事が気になった。
    「疲れていないか?」
    「ううん。全然」
    ニッコリ笑う彼女にジョウは安堵する。でも無理はいけない。ジョウはグラントから最後に見ろと言われたツリーを思い出し、それを見てから帰ることにした。多分、近くにあるはずである。辺りに目をやるジョウの動きが止まった。彼は、そちらを目で示しながらアルフィンに呼びかけた。
    「アルフィン、あれを見たら帰るぞ」
    ジョウの言葉にアルフィンもそちらに目をやる。小さなツリーだった。しかも、緑色した本物の木に見える。
    「わざわざテラから運んだそうだ。昔ながらのツリーだ」
    説明する彼の脳裏に浮かぶのは、懐かしく微かに心に痛みを覚える光景。ジョウは少し淋しげに笑った。
    「俺は、どっちかってゆうとあれの方がいい。アラミスにいた頃、仲間んちでは飾ってたのを見た事があった・・・な」
    「え?」
    「いや」
    素っ気無く言葉を返したジョウに、アルフィンは彼の子ども時代の寂しさを感じ取ってそれ以上は聞けなかった。代わりに彼に寄り添い、ジョウの大きな手に自分の手を滑り込ませてそっと握り締めた。手袋をしていない手の温もりに。ジョウは、戸惑ったような表情で彼女に目を向けたが照れ臭そうに頭をかくと自分も手を握り返した。
    そして、手を繋いだまま小さなツリーに向かって歩いて行った。
    オーナメントが見えるくらいに近づくと、そのツリーの素朴な美しさにジョウとアルフィンは思わず微笑んだ。
    「シンプルで良いんじゃないか?」
    ジョウはツリーから目を放さないままアルフィンに言った。
    「ええ、そうね」
    同意しながらも、アルフィンの目は違う方を見ている。彼女はツリーから少し離れた所にある、『あるモノ』を見つけて悪戯っぽい笑みが瞳に閃く。そして、辺りを見渡し密かに計画を練った。所々に白い小山。他の場所より多く積まれてる雪。これを利用しない手はない。幸い、近くには誰もいない。アルフィンの口元が愉快そうに歪む。
    「見て、ジョウ。ここは、いっぱい雪があるわよ。雪合戦、出来そうじゃない?」
    アルフィンはわざとはしゃいだ声を出す。案の定、ジョウは呆れたように言葉を発した。
    「何、言ってんだよ。レディな格好してるの忘れてないか?」
    「良いじゃない、別に」
    ツンとした顔でジョウから離れるアルフィン。勿論、怒ってなどいない。ただ、ジョウを油断させる為の演技。アルフィンは雪の小山の一つに近づく。彼女は雪を少し手に取り更にはしゃいでみせる。
    「きゃあ、冷たい。ねぇ、ジョウ。ホントの雪みたい」
    「はいはい。俺は、ツリーの方に行ってるぜ」
    呆れ果てた様なジョウの声が届く。アルフィンが振り返ると、ジョウは背を向けサッサと歩き出したところだった。アルフィンはクスリと笑うと、手早くゆるく握った雪の球を二つ作る。それから、ソレを持って小走りにジョウの後を追う。
    「ジョウv」
    声を掛けると同時に雪球を一つ投げつける。
    「ん?」何も知らないジョウ。振り返ったその顔面に、雪球が見事ヒットする。
    「ぶっ」
    わけが分からず、ジョウは顔に付いた雪を払おうとするが、そこに更に雪球が襲い掛かる。
    「こ、こら。やめないか」
    アルフィンのクスクス笑う声が近づいてきたのを感じ、ジョウは反射的に逃げる。目の前にある立像の方に向かって。
    ジョウが立像の台座に寄りかかって前方を見ると、アルフィンが手を後ろに回したままゆっくりと近づいてくるところだった。彼女はまだ可笑しそうに笑っている。ジョウは警戒を怠わらず、彼女を見つめていた。
    アルフィンがジョウの真正面で歩みを止める。満足気な笑み。アルフィンはサッと両手を広げジョウに何も無いことを知らせて笑い転げる。
    「―――ったく。勘弁しろよ、アルフィン」
    ジョウは苦笑して、顔やコートに付いた雪を払いだした。
    と、その時。
    「ジョウ」
    「ん?」
    甘えるようなアルフィンの声。ジョウが顔を上げた瞬間。
    「!」
    アルフィンの手がジョウの首に回される。グイッと引き寄せられ、ジョウはよろけて身体をかがめた。そして。ジョウの頬に暖かく柔らかなものがそっと触れる。
    「!!!」
    硬直するジョウ。状況が把握できない。目だけ動かして恐る恐る様子を窺う。
    煌めくブロンド。白い喉元。耳に感じたのはアルフィンの吐息。
    一気に上がる体温。
    ジョウはガバッと身体を起こし、そのまま後ろの台座に張り付いた。アルフィンも笑いながら腕を彼の首から放す。
    「な、ななな、な、何をいきなり・・・」
    焦りまくるジョウの胸にアルフィンはクスクス笑いながら顔を埋める。せわしない鼓動。コートを通して彼の体温を感じられるほどに。
    「ふふ・・ジョウたら、全力疾走したみたいよ」
    「お、お・・・驚かすからだ」
    「上見て御覧なさい」
    アルフィンに言われてジョウが見上げると、濃い緑の枝が目に入った。彼が寄りかかってる台座の上には女神と思われる立像があり、その差し伸べた手に上手い具合に枝を設置させてある。
    「こ、これが何だよ」
    「これはね。『宿り木』なの」アルフィンは頬をジョウの胸に摺り寄せる。
    「この下では・・・誰にキスされても文句を言っちゃいけないんだから」
    「誰に、て。あ、いや・・も、文句なんて」
    慌てふためくジョウに、アルフィンは肩を震わせて笑いをかみ殺す。だが、ジョウに見られないようにしている頬は上気し、彼女にとってどれだけ勇気を必要としたかを物語っていた。
    やがて、ジョウも落ち着きを取り戻す。しかし、アルフィンは彼の胸にまだ顔を埋めたままだ。その肩が微かに震えてる。
    「なぁ、そんなにいつまでも笑わなくたって良いだろ?」
    アルフィンは答えない。しかたなく、ジョウは彼女の華奢な肩を掴み引き剥がそうとした。しかし、アルフィンは余計にしがみつこうとする。
    「おい」
    ジョウは困って、アルフィンの顔を上げさせようと彼女の顎に手をやった。すると、指先に冷たい感触。
    「―――アルフィン?」

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■760 / inTopicNo.14)  Re[13]: 鼓動
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/10/03(Sun) 16:27:32)
    「―――かな」
    「え?」
    「止めようかな、ピザンに帰るの」
    耳を澄ませねば、聞こえないくらいの囁き。ジョウは困惑のあまり、多少強引にアルフィンを自分の胸から引き剥がす。
    「何、言ってんだよ?」ジョウは、彼女の涙に濡れた碧い瞳を覗き込む。
    「どうしたんだ?」
    「ううん。なんでもないの」アルフィンは瞳を伏せた。
    「ただ・・・」
    「ただ?」
    ジョウは彼女の長い睫毛を見ながら、その答えを待った。再び碧い瞳が現れジョウを見上げる。無垢な輝きの瞳。今、この場所にもっともふさわしいものかもしれない。ジョウの心にそんな思いが湧き上がる。
    ジョウは手を伸ばし、アルフィンの肩を抱き寄せた。
    「ただ、なんだ?」
    「ただね、あたし、あんまり幸せで不思議な感じなの。特に今日は本当と思えないくらい」
    ジョウの腕の中で、囁くような声で答えるアルフィン。ジョウは微笑んだ。
    「それなら、なおさらピザンに行かなきゃな。君のご両親も楽しみにしてるんだから。本当に、今幸せと思っていてくれるのなら、それをご両親に見せてきてくれ」
    「―――うん」
    アルフィンが頷く。アルフィンは涙に濡れた顔を上げる。心配気なジョウの瞳が見つめていた。アルフィンはジョウの身体に手を回わし、そっと胸に耳を押し当てた。ゆっくりとした鼓動。それを聞きながらアルフィンは呟く。
    「ホント、子供っぽいよね。でも、心配しないで」彼女は独り言のように続けた。
    「きっと変われるから。あなたに認めてもらえるようにがんばるわ」
    ジョウはしがみつくアルフィンをそっと抱きしめる。
    「いいさ、無理に変わらなくても」彼は顎の下で微かに震えるブロンドに頬を寄せた。
    「言ったろ?君らしくいてくれって」
    お互いの温もりに、これ以上無い程の安らぎを感じて。二人は無言で目を閉じた。
    その時。
       カーン
           カーン
               カーン・・・
    澄んだ空気に鐘の音が鳴り響く。静かな音だが、二人はビクッとしてお互いから離れた。ジョウとアルフィンは音のする方角に視線を漂わせる。その瞳に。空から降ってくる白いモノが映り込む。
    「雪だわ」
    「あぁ。そういえば、降るって言ってたな」
    二人は揃って空を見上げる。フワフワと漂う空からの贈り物。
    アルフィンは、台座に寄りかかって空を見上げてるジョウに両手を差し伸べた。
    「ジョウ」
    「うん?」
    視線が交わる。ジョウは差し伸べられた小さな手に自分の手を重ねた。暖かい、放すのが不安なほどに。ジョウは、『不思議な感じ』と言ったアルフィンの言葉がわかる気がした。アルフィンがジョウの手を引く。身体を起こしたジョウは、無意識にアルフィンの髪に付いた雪を手で払ってやる。
    「寒くないか?」
    すると、アルフィンは笑って彼の腕に自分の腕を絡ませ頬を押し当てる。
    「言ったでしょ?こうしてれば、寒くないって」
    「あ・・・っと、そうだった、な」
    ジョウは口ごもる。照れ隠しに空を再び仰ぎ見て上気しそうな頬をなんとか押さえた。
    「さて、そろそろ戻るとするか」
    「うん。でも、みんなあっちの方へ行ってるじゃない?」
    アルフィンは空いてる方の手を伸ばしジョウに示した。ジョウは肩をすくめる。
    「あぁ、教会があるのさ。さっきの鐘がそうだろ」
    「じゃ、あたし達も行きましょ」
    アルフィンはサッサと行く事に決めている。反対の余地は無い。ジョウはタメ息を付きながらも好きにさせる事にした。
    「了解」そう言いながらおどけて付け足す。
    「今度はホントに滑るからな。俺を道連れにするなよ。転ぶなら一人で頼むぜ」
    「んもう」
    アルフィンはぷっと膨れて軽く彼の腕を叩こうとする。が、ジョウはさらりとかわす。
    「きゃあ」
    身体を泳がせ、アルフィンは足を滑らせる。しかし、ジョウがすかさず助けの手を差し伸べた。
    「ほら、言ったろ?次は知らな―――痛ってぇ」
    腕をアルフィンにつねられ、ジョウは悲鳴を上げる。アルフィンは顔をしかめて舌を出して見せたが、お互いに顔を見合わせた途端噴出した。そのあまりにも子供っぽいやり取りに。
    「さ、行こうか?」
    「うん」
    二人で笑い転げた後で。晴れやかな顔を見合わせジョウとアルフィンは雪の中を教会に向かって歩き出した。


    FIN

fin.
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