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■718 / inTopicNo.1)  Re[31]: 砂漠の花嫁
  
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 10:45:27)
    すいません,チェックマーク付け忘れてた(笑)!
fin.
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■717 / inTopicNo.2)  Re[30]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 10:39:03)
    「色々とありがとう」
     シャルアがジョウに右手を差し出しながら言った。
    「いや,これは仕事だ。礼には及ばない」
     改めて言われるとどうしても照れが先走る。わざとぶっきら棒な口調でそう言いながらも,ジョウは素直にシャルアと握手を交わす。
     アルフィンの退院を待って,ジョウ達は惑星アガーニを発つことになった。
     既に次の仕事のスケジュールも調整済みだ。
     シャルアはリラを伴って,わざわざ宇宙港まで見送りに駆け付けたのだ。
     式典後のシャルアは,完全に”ジル”を抹消した。同一人物だとバレたら信用問題に関わるとお偉方に泣きつかれたのだ。
     その辺の事情はシャルアも承知していた事で,笑いながらあっさりと応じた。
     今日の装いも白のパンツスーツであったし,短い髪は相変わらず無造作に撫でつけたものであったが,男性に見間違うような事は決してない。
     上品に薄く化粧を施した顔は,確かに”ジル”だった時と変わらないはずなのに,まったく別人のようである。
    「ジェナは仕事で来られなかったが,よろしく伝えてくれと言われて来た」
    「ああ」
     その話し方すら変わっていないというのに,不思議なものだとジョウは改めて感心する。
    「タロス,あなたは本物のパイロットだ。リモコンヘリでの遊覧は一生忘れない」
    「リッキー,リラを守ってくれてありがとう。君は素敵なナイトになるよ」
     シャルアは,タロスとリッキーに次々に握手を求めた。
    「ああ,俺もアン時の緊張はなかなか忘れられそうにねぇな」
    「俺ら,もっともっと逞しいクラッシャーになるよ」
     二人とも笑って手を差し出した。
    「アルフィン,ケガをさせてしまって本当に申し訳なかった」
     アルフィンの前でシャルアは改めて謝罪する。
    「やだ。何言ってんの?こんなの大したコトないわ。リハビリだって始めてるのよ?」
     アルフィンはまだ三角巾で吊っている左腕を右手で軽く叩きながら笑って答える。
     そんなアルフィンの身体を,長身のシャルアは包み込むように優しく抱き締めた。もちろん左肩に負担を掛けないように細心の注意を払って。
     条件反射的にムッとしたジョウだったが,先日シャルアに言われた台詞を思い出して,慌てて気を静める。思わず苦笑いがこみ上げた。
    「アルフィン,幸せになれ」
     ひとしきり抱擁すると,シャルアはアルフィンを腕から解放して言った。
    「うん,もちろんそのつもりよ?…だけど,その台詞は,あたしからシャルアに言うのが正しいんじゃないかしら?」
     アルフィンは悪戯っぽい表情を作りながら,新妻に向かって言った。
    「なるほど,違いない」
     シャルアはとびきりの笑顔を浮かべた。
     リラも簡単に感謝の言葉を述べていった。
     相変わらず顔の下半分はベールに覆われていたが,長い黒髪はきっちりと編み込まれ,格好もシンプルなライトグレーのワンピースを纏っており,ずいぶんさっぱりした印象である。
     リラは最後にリッキーの前に立つと,ベールを取り,素顔を露わにした。
     リッキーが今更ながらその美貌に見惚れていると,アーモンド型の黒目がちな瞳を優しげに細め,ゆっくりと腰を折って,その頬に軽く口づけた。
     タロスがひゅーっと小さく口笛を吹いた。
    「じゃあな」
    「ああ。じゃあな」
     ジョウはシャルアと最後の挨拶を交わすと,踵を返した。
     アルフィンも笑顔で手を振り,そのまま小走りにジョウの後を追った。そして強引にジョウの腕に自分の腕を絡ませた。
     タロスはそんな二人を見て,シャルアとリラに肩をすくめてみせる。
     そして完全に硬直しているリッキーの襟首を掴むと,ずるずると引きずりながら力強く歩き出した。


    「キャハ!オ帰リナサイ!スッカリ待チクタビレマシタ」
     <ミネルバ>のブリッジに入ると,ドンゴの甲高い声が響いた。
    「ああ,すっかり待たせちまったな。よーし,それじゃあ出発準備に掛かるぜ!」
     自分の席に着きながら,ジョウが前を向いてにやりと笑った。


    <Fin>



     ************************************
      
       最後まで読んで下さった皆様,お疲れ様でした。
       そして,ありがとうございました。

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■716 / inTopicNo.3)  Re[29]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 09:51:12)
    「あ,出てきたわよ!」
     アルフィンの弾む声に一同はモニターを凝視する。
     そこにはジェナとシャルアの姿があった。
    「……これって,詐欺だよ…」
     リッキーが思わず本音をこぼす。ジョウとタロスも真顔で頷く。
     画面に映るシャルアは,誰が見ても文句の付けようがないくらい美しい花嫁だった。
     短い黒髪は丁寧に引っ詰められ,豪華な純白の生花で飾られている。惜しげもなく露わにされた形のよい額には,本来の持ち主の元へ返されたサファイアのサークレットが厳かな輝きを放つ。
     ペチコート型のシルクのドレスはシンプルなAラインで,その上からハイネックの繊細な総レースのドレス型が豪華に全身を包んでいる。パールホワイトに輝くドレスは,シャルアの赤銅色の肌にとてもよく映えた。
     ベールは上質のオーガンディーで,艶やかな光を反射しながらふんわりと後ろに流されている。長さは優に30メートルはあるだろう。
     元々すらりとした長身であるだけに,圧倒的な存在感であった。
     その顔は綺麗に化粧が施され,きりりと整った美貌が一層華やかに演出されている。
     そして,幸せそうな表情が何よりもシャルアの美しさを輝かせていた。

    「……ジェナの影がずいぶん薄いなぁ」
     リッキーが同情を込めてぽつりと言った。
    「まぁこういうイベントじゃあ,男は完全に引き立て役だからなぁ…」
     タロスが苦笑いを浮かべて,しょうがねぇよと言う。
    「何言ってんのよ。ジェナの顔,見てごらんなさいよ。シャルアに負けないくらい幸せそうに笑ってるじゃないの!」
     アルフィンがムキになって反論する。今では痛みもずいぶん治まり,これくらいは朝飯前である。
    「いや…っていうか,これはニヤケてるって言うんじゃないか…?」
     改めてモニターのジェナを見て,ジョウが訂正する。
    「うへっ,ホントだ!こりゃ,見ちゃいらんねぇよー!」
     リッキーがますます同情の気持ちを強めて言う。ぴしゃっと左手を額に打ち付ける音が病室に響いた。
    「本当に,こういう時の男ってヤツは,恥ずかしくも哀れな生き物だよなぁ…」
     ”ほんっとーにっ”とわざとらしく強調した言い方をして,タロスもうんざりと溜息を吐いた。
    「んもうっ!みんなちっともロマンチックじゃないんだからっ!」
     アルフィンはすっかりご機嫌斜めである。
     シャルアの姿に未来の自分を重ねて,純白のドレスに身を包む日を夢見ていたというのに,隣に立つハズのジョウが”ニヤケて”たらがっかりである。『アルフィンのジョウ』は,いつだって格好良くなくては。
    「しかし,アルフィンは残念だったな」
     ジョウがアルフィンの気も知らず声を掛ける。
    「え?」
    「だって,アルフィンならこのイベントに参加したかっただろう?」
     ジョウはそう言って,未だに固定されているアルフィンの左肩を眺める。
    「そりゃあまぁ…。でもあたしはこんな状態だから…。それならジョウ達こそあたしに遠慮しないで行ってくれば良かったのに…」
     アルフィンはなんとなく申し訳ない気分になってしまう。
     実際今日の招待状は,きちんとクラッシャージョウのチーム宛に届けられていたのだ。しかも花嫁が直々に参上して。
     しかしジョウは,その招待を辞退した。「アルフィンがこんな状態だから」と言って。
     シャルアも特に気にした様子もなく,「そうか」とあっさり引き下がった。最初からジョウの答えなど分かっていたかのように。
    「いや,別に遠慮なんかしてないさ」
     ジョウが些か困ったような苦笑いを浮かべる。
    「?」
     アルフィンはきょとんとして小首を傾げた。
    「ダメだなぁアルフィンは。兄貴の本音を分かっちゃいないぜ」
     リッキーが,まったくぅ…っと生意気な表情を浮かべて言った。
    「…あによぉ」
     カチンときたアルフィンが,ぷっとムクレて恨めしそうな声を出す。
    「だいたい結婚式なんてオンナのイベントじゃん!そんなのに大の男がイチイチ付き合ってられっかよ!」
     偉そうに薄い胸板を思い切り反らして,ちちちと立てた人差し指を左右に振る。
    「いや,まぁ,あれだ。……堅苦しい席は,どうも苦手だしな」
     アルフィンの眼が徐々に据わっていくのを敏感に察知して,ジョウが慌ててフォローを入れる。
    「だってジョウ!結婚式は女の子にとって,一世一代のイベントなのよ!」
     途端にアルフィンが怒りの矛先をジョウに向けた。
    「え?…ああ。…それは…そうなんだろうな。……いやでも,やっぱり俺は,なるべくなら遠慮したいと思うな…」
     ここで頷くと,今からでも出席してこいと言われそうな気がして,ジョウはついそんな言い方をする。
    「えええっ!?そんな…!」
     アルフィンはほとんど泣きそうになりながら絶句する。
     信じられないものを見たような表情で,ジョウの顔を凝視する。
     その様子に,ジョウは訳が分からないながらも妙な危機感を覚える。
    「……ちょっと待て,なんか話が噛み合ってなくないか?」
     タロスが冷静にツッコミを入れるが,もはやアルフィンには聞こえない。
    「あ,あ,あたしはウェディングドレスっ,着たいのにっ…!!」
     アルフィンはヒステリックにそう叫ぶと,ぽろぽろと泣き出した。
    「うわっ。な,なんだ…!?落ち着けアルフィン,何の話だ!?」
     ジョウは助けを求めるようにタロスとリッキーの顔を見たが,二人とも眼を合わせようとしない。
     アルフィンの頭の中では,完全に自分の結婚式の話にすり替わっている。
    「アルフィン!俺は別にアルフィンにドレスを着るなとは言ってないだろ!?」
     ジョウはおろおろしながら必死で叫ぶ。アルフィンに泣かれるのは非常に苦手なジョウである。
    「だって…!ジョウが嫌がってるのに…っ!あたしだけなんて…!そんな…!」
     泣きながら途切れ途切れに吐き出される言葉は,もはや支離滅裂も良いところである。
    「………」
     が,それでもようやくアルフィンが何を言わんとしているのかを,ジョウも朧気ながら理解する。
     途端にジョウの顔に血が上る。
    「…だから,何でそういう話になるんだよ…」
     赤い顔を誤魔化すように,ジョウはそう呟いて天井を見上げた。
    「兄貴ー,頑張れー」
     後ろでリッキーが無責任なエールを飛ばすのを聞きながら,ジョウはたっぷり2時間かけてアルフィンの機嫌を取った。
     無論,その後リッキーに一発くれてやるのも忘れなかった。

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■715 / inTopicNo.4)  Re[28]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 08:42:06)
     3週間後,当初の予定取り国を挙げての一大イベントが滞りなく催された。
     ジョウ達はアルフィンの病室でテレビモニターを通して,その様子を観ていた。
    「しかし,この短期間でよく間に合わせたなぁ」
     タロスが心底感心したように言った。

     実際,あのジェナの演説の日から今日までの間,惑星管理局はジェナを中心に24時間態勢でクーデターの事後処理と今日の式典の準備を行ってきた。
     驚くべきはジェナの統率力,指導力である。
     あの優男ぶりからは予想も付かない程の手腕を惜しげもなく披露した。
     シャルアが誇らしげにジョウに語った通り,上に立つ者としての天性の資質があるのだろう。

     クーデターの処理としては,首謀者の一人であった猫背男のナサルが死亡した事,ナサルを裏で動かせていたアガニラ陸軍の将校を売国奴として逮捕した事を明らかにした上で,どのような経緯を辿って誤解が生じ,また人為的にばらまかれた”うわさ”がどれほど虚偽性の高いものであったかが,一つ一つ順を追って説明された。
     あくまでも周辺の島民は,”騙された被害者である”という扱いを崩さなかった。
     またジェナは各島々に,惑星管理局の出張所を設ける事を提案・可決した。
     管理局の人間が駐在員として,島の規模に応じた人数で派遣されるのだ。惑星管理局はそれらの駐在員をパイプ役として,島々の状況を把握したり,島民の訴えを聞いたりするという訳である。
     そして彼らは同時に人質でもあった。島民のトラウマを抑えるためにも,アガニラはどんなに小さい島々であっても決して見捨てることはない,という誓約を形によって示そうとしたのである。
     各駐在所への任期は,一律一年と決められた。毎年交替で新しい局員が派遣されるのである。出来るだけ多くの惑星管理局の人間に任期を与え,アガニラ大陸以外の島々にも関心を持たせる事を意図したものである。
     このような配慮も,島民の心を充分満足させるものであった。
     騙されたとはいえアガニラに対して反旗を翻した負い目も相まって,各島々の代表はアガニラと新たに友好条約を結ぶことを宣言した。

     惑星エイジャから派遣された部隊は,遠征途中で事態の終結宣言を耳にしたが,エイジャに引き返す事をせず,その後5日の日数を要して惑星アガーニに到着した。
     エイジャの部隊はジェナの指示を受け,シャルアの指揮の下,アガニラの復興事業へと乗り出した。
     直接の被害は,防衛庁幕僚監部施設及び防衛研究所の崩壊と,その余波を受けた周辺ビルの損壊であったが,こちらの復興事業も取り立てて問題なく,順調に作業は進められたのである。

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■714 / inTopicNo.5)  Re[27]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 08:12:50)
     結局のところ,”ジル”は本物のシャルアであり,”シャルア”はリラという名の侍女だった。
     未婚女性は顔を隠すというエイジャの習慣を逆手にとって,同じような背格好の侍女を選び出し,いわゆる”影武者”として用意したのである。
     リッキーが誤解するぐらい,やたらと侍女であるリラを気遣っていたのは,くっついていた方がお互いの正体がバレにくいと思ったし,何より「私はフェミニストだ」という事らしい…。
     もしかしたら,”影武者”などという危険な役目を押しつけてしまったリラに対する懺悔の気持ちもあったのかもしれない。

     実はシャルアは留学時にも”ジル”として振る舞っていた。
     シャルアの留学話が持ち上がった時,アガニラ政府の要人連中は,シャルアがエヴォラ族の長の娘であり,いずれ『花嫁』として迎えるVIPであるが故,並々ならぬ警備体制を敢行するつもりだった。
     ところが当の本人が,あまりにも過剰な厳戒にとっとと嫌気が差してしまった。
     そこで,シャルアは一度惑星エイジャに帰省し,2週間後に”ジル”として再び参上したのである。
     腰まで届く艶やかな黒髪をばっさりと切り,未婚女性の証であるベールを捨て,エヴォラ族の男性の正装である詰め襟のジャケットとパンツに身を固めて…。
    「過剰な取り巻きは”怪しい人間”だと宣伝して歩いているようなものだ。私は今後一切,エヴォラ族の男として振る舞うから,余計な警備は解いてくれ。シャルアとしての私の素顔を知っている者は,一人の人物を除いて,この惑星中のどこを探してもいないのだからな」
     驚愕のあまり卒倒しそうな周囲の人間を後目に,シャルアは実に堂々と宣言をすると,もはや誰にも口出しさせなかったのである。
     ただし,留学中の全ての教育は,現役の要人連中が行うという条件だけは,アガニラ政府側も譲らなかった。正体を隠しているVIPを,その辺の教師に預ける訳にはいかないではないか。
     シャルア自身は”普通の教師”の方がむしろ望ましかったのだが,シャルアの素顔を知る唯一の人物,婚約者であるジェナにまで説得され,その条件に関しては渋々ではあるが折れたのである。
     もっとも,おかげでアガニラの官僚関係や,軍隊関係などのありとあらゆる要人達と細からぬパイプが繋げたのだし,女の身では覗く事さえ出来ないような軍事演習にも参加できたのだ。
     シャルアは優秀だったし,彼女自身も有意義な毎日を送っていたが,当時の要人連中にとっては気の安まる事のない3年間であった事は容易に想像が付く。
     今回も,エヴォラ族が援軍を送るとは聞いていたが,まさか『花嫁』自身がクラッシャーと先行して,しかも再び”ジル”として登場するなどとは夢にも思わなかった。
     無論,結果的には”ジル”がジョウ達と乗り込んで来たおかげで,今回の騒動は早急に,しかも平和的に解決したのであるが,やはりお偉方の心中は複雑なものである…。


    「ずっと騙していて悪かった」
     翌日,ジェナからの出頭要請が来て,単身惑星管理局に出向いたジョウは,用意された部屋に入るなり,シャルアの謝罪を受けた。
     やはり今日も”ジル”の装いである。
    「いや。…まぁ確かに騙されていた事に関しては,腹立たしい気もするが,VIPの護衛じゃよくある事だ」
     ジョウは軽く笑って肩をすくめてみせた。
    「言い訳させてもらえれば,私達エイジャの人間にはクラッシャーに関する知識がほとんど無いに等しかった。だから,簡単に信用する訳にはいかなかったんだ。…だが,ジョウ達は信用出来そうだと判断がつけば,その時点で打ち明けようとは思っていたんだ。この言葉に偽りはない」
     ジルの台詞に,ジョウは瞬間的に怒りを覚える。
    「…てことは,俺達は最後まで信用出来なかったって事か」
     苦い表情で吐き捨てるように言う。
     共に闘ってきた意識があるだけに,今のシャルアの発言はジョウにとってショックなものであった。
    「まさか!」
     シャルアはとんでもないと言うように,端正な瞳を見開いて胸の前でひらひらと手を振る。その仕草はどこか可愛らしい。
    「………」
     なるほど確かに”男”には見えねぇかも…。ジョウは一瞬怒りを忘れて,しみじみと溜息を吐く。
    「誤解しないでくれ。ジョウ達の事は,早い段階で信用してたさ!…ていうかアルフィンには早々にバレて問い詰められたけど,ちゃんと正直に話したし」
     黙り込んだジョウが機嫌を損ねたと勘違いしたのか,シャルアは慌てて弁解する。
    「…アルフィンが俺達に話すと思った?」
     ジョウは片眉をくいっとつり上げて訊く。
    「ああ,うん。それもあるな」
    「……それは絶対ありえない」
     ジョウは額に手を当て,再び溜息を吐く。
    「?……どうして?」
     やけにきっぱりと言い切るジョウに,シャルアは訝しげに尋ねる。
     ジョウはちらりとシャルアの整った顔を見て言った。
    「……アルフィンは,とんでもなくヤキモチ焼きなんだ」
    「………」
     一瞬きょとんとしたものの,ぷっと吹き出すと,シャルアはくくくくくと肩を震わせて笑った。
    「おい…。”それもある”って事は,他にもまだ打ち明けなかった理由があるのか?」 
     ジョウが改めて不思議そうに訊く。
     するとようやく笑いの発作を静めたシャルアは,きわめて大真面目な顔を作り,さらりと言った。
    「だって,”とんでもなくヤキモチ焼き”なジョウを見るのが面白かったんだ」

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■713 / inTopicNo.6)  Re[26]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 07:07:08)
    「……俺ら立ち直れないかもしれない」
     リッキーがペタリと床に座り込んで情けない声を出す。
     とりあえず事情聴取を…という事で,”ジルとシャルア”はジェナと共に惑星管理局へと赴いて行った。
     本来ならばジョウ達も同行するところだが,アルフィンの状態に気を遣ってか,今日のところは構わないと言われたのだ。
     今,この病室にいるのはチームメンバーだけである。
    「…まぁなんだな。所詮”お姫様”ってモンに対するヒロイズムなんざ,テレビドラマや映画の中だけに存在する,甘っちろい憧憬でしかないって事だな」
     タロスは慰めにもならない台詞をしみじみと言う。
    「…アルフィンは知っていたのか…?」
     ジョウは恨めしそうな顔をしてアルフィンを見た。
    「うん…ていうか,途中で気付いたわよ?」
     アルフィンは少しも悪びれずにしれっと言う。
    「…マジで?」
     タロスが恐ろしいものでも見るような目つきでアルフィンを見た。
    「うん。…でもだいたい顔立ちからして分かりそうなモンじゃない?ジルって男のヒトの美形にしては,ずいぶん繊細なつくりだったし,肌だって綺麗だったし」
    「…そんなトコまで見るかよ!男が男の顔をじろじろ見てたら変態じゃねぇか…」
     ジョウがうんざりしたように言う。
    「うーん,まぁあたしも決定的に分かったのは,身体に触った時だったんだけどね…」
    「触っ…!?」
     さらりと言うアルフィンにジョウは目をむく。
    「え…?い,嫌ぁね!何想像してんのよ…!たまたまよ,たまたま!…ちょっと背中を押した事があって…。服の上からは分かりにくいけど,あの綺麗に反った背中のラインは絶対男のヒトにはあり得ないもの」
     そう言えば…とジョウも思い出す。
     ジェナの顔をモニターで見た途端走り出したジルを止めた時…。あの時掴んだ腕の細さに,ちょっとばかり違和感を覚えたような…。
    「それに,だいたい…」
     黙り込んでしまったジョウに,アルフィンは発熱によって上気した頬を更に赤くして口を開いた。
    「あたしがジョウの前で,他の男のヒトにベタベタなんてするワケないじゃない…!」
     可愛らしく口を尖らせて抗議した。

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■712 / inTopicNo.7)  Re[25]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 06:46:25)
     アルフィンは肋骨を2本折っており,肩甲骨にはヒビが入っていた。内臓にも何カ所か出血が見られたが,これは体内に溜まるほどではなく,処置の必要はなかった。
     肋骨も変な折れ方をしていなかったので,バストバンドで患部を固定し,自然治癒を待つ事になった。ただ,肩甲骨は多少のズレがみられたので,こちらは完治までしばらく時間が掛かるとの診断結果だった。やはりこちらも左肩から腕を吊した状態で身体に固定された。
     あの時,ジョウの身体が巧い具合にクッションとなり,銃弾の衝撃が多少緩和されたようだ。それでもこれだけの重傷である。連射の銃弾を浴びた衝撃の凄まじさを如実に物語っている。
     アルフィンは治療を施された後,病室に移された。約1ヶ月の入院が必要との事であった。
     
     アルフィンは骨折による発熱と鎮痛剤の効果で,ずいぶん意識が朦朧としていたが,ジョウから事態の終焉の話を聞くと飛び上がらんばかりに喜んだ。
     そのせいで,鎮痛剤が効いているとはいえ,しばし悶絶することになったのだが…。

     病室に設置してあるテレビでも,緊急特別報道番組が流されていた。
     再びジェナの大演説がプレイバックされる。
     事件が一般の民間人を巻き込むことなく平和的に解決した事を喜び,ジェナを賞賛する言葉が惜しみなく流される。どうやらジョウ達が抜け出した後も,たっぷり1時間以上ジェナの演説は続いたらしい。
     あれから既に5時間近くが経過しようとしており,外はすっかり暗くなっていたが,あれだけの騒ぎである。事後処理にも手間取っているのだろう。
     それを理由にジルとシャルアは病室に留まることを主張した。無論,アルフィンが心配だったからなのだが。
     みんながテレビモニターを見ながら,あれやこれやと話している中,リッキーだけが深刻な表情をしていた。
    「リッキー,どうしたんだ。なんだか随分おとなしいな」
     気付いたジョウが訝しげに声を掛ける。
    「兄貴…俺ら,勝手な行動をして悪かったよ」
     リッキーが神妙な顔付きで,恐る恐る言った。
     リッキーは,アルフィンの尋常ではない様子をみて,独断で病院まで連れてきた。
     ジョウの指示を仰ぐ事も,もちろん頭には浮かんだのだが,一触即発状態の現場の渦中にいるジョウに通信を送ることは,ひどく躊躇われたのだ。ちょっとした事がきっかけで,集中力に影響を及ぼす事が少なからずあるからだ。
     しかも,アルフィンの事となるとジョウは冷静でいられなくなる。リッキーはその事をよく知っていた。
    「ジョウ。リッキーはシャルアの事を放ったらかしにしたワケじゃねえ。俺が二人の傍から離れるなってぇ指示を出したんです。連絡を寄こすのが遅れはしましたが,3人一緒にココへ来た事は間違いじゃねえんです」
     ジョウが口を開くより先に,タロスが言った。
     いつも口喧嘩ばかりの二人のくせに,タロスが妙に庇う発言をするのが可笑しかった。
    「あの…!私も,そうしてくれとお願いしたんです」
     続いてシャルアまで目を潤ませながらフォローする。
     二人からそんな風に言われてしまうと,なんとなくジョウは自分が横暴な苛めっこにでもなったような錯覚に陥る。…甚だ不本意である。
    「いや,リッキーの判断は正しかったさ。別に俺は怒ってない。だいたいこれからだって,いつもいつも俺やタロスの指示が聞ける状況にいられるとは限らないんだからな。そういう時はおまえの判断に任せるさ。……俺はおまえの事も信用してるんだぜ?」
     一瞬憮然とした表情を浮かべたジョウであったが,小さく肩をすくめると,にやりと笑ってそう言った。
    「………あ,兄貴ぃ…!」
     リッキーは感激のあまり涙目になる。やはり一人前の扱いをしてもらうのは嬉しい。
    「ばーか。何泣いてんだよ!」
    「痛ぇっ!」
     途端にタロスのゲンコツが飛んでくる。
    「あーあーあっ。やだねぇ,これだからオコサマは!すーぐメソメソ泣きべそかきやがる」
    「な,な,なんだとぉ!誰が泣いてなんかいるもんか!」
     リッキーは,照れを誤魔化すように真っ赤になって言い返す。
    「ダメですよ,タロスさん!また頭を叩くなんて!」
     すっかりリッキー贔屓になったらしいシャルアが可愛らしくタロスを睨む。
    「…あ?え?…いや,こ,これは…その…スキンシップってヤツで…」
     思わぬ相手から反撃を受けて,タロスがしどろもどろになる。額に妙な汗を浮かべながら後退る。
     ジョウが思わず吹き出した。
    「…おいおい,待てよ。アルフィンが苦しんでるぞ?」
     ジルの声に一同は驚いてアルフィンの方を見る。
    「…ちょ,ちょっと…!あたしを,殺す気なの…!?」
     アルフィンは顔を歪めて抗議する。急な笑いは患部に大分響いたらしい。
     笑っているのか苦しんでいるのか判断がつかない微妙な表情で,アルフィンは息を吐くたび「痛っ痛っ」と小さく呟く。
     すかさずジルが傍に寄り,濡れたタオルで額の汗を拭ってやる。少し興奮したせいか,先程より熱が上がったようだ。
     ジルの動きに反応して,ジョウの眉間に不機嫌な皺が刻まれる。
     タロスとリッキーが,さらに反応して「あちゃー」っという表情をする。
     その時,ドアがノックされた。

    「シャルア!」
     そう叫んで病室に入ってきたのは,さっきまでテレビで見ていた顔だった。
     どこからかこの場所を聞きつけてきたらしい。
     散々事後処理に奔走していたらしい彼の顔には,くっきりと疲労の影が落ちていたが,ドアを開けたその瞬間から,それに上塗りするようにみるみる歓喜の色が広がっていく。
     その表情を見て,今度はリッキーが憮然とした面持ちになる。
     そんなリッキーの横を通り過ぎ一気に距離を詰めると,ジェナは両腕を広げて”ジル”を抱き締めた。
    「………へ?」
     男3人が呆気に取られる中,ジルはジェナの抱擁の手を弛め,にっこりと笑ってその唇にキスをした。

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■711 / inTopicNo.8)  Re[24]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/14(Fri) 11:42:41)
    「なかなかの効果だったな」
     やはりホースを抱えたジョウが言った。こちらも服のままひと泳ぎしてきたような有様である。
    「ああ,本当にな」
     ジルは前髪から顔に落ちる水滴を拭いながら答えた。滑らかな頬が水滴を弾いてきらりと光る。
     ジョウは放水の勢いに乗せて,光子弾を放ったのである。
     光子弾はただの目くらましであり,人体を傷つけるものではない。驚いて腰を抜かしたり,転倒したりした者は,多少の打撲ぐらいは負うかもしれないが,その程度のものである。
     群衆は呆気に取られたまま,おとなしくジェナの話を聞いている。トランス状態が解け,意識が正常に戻ったのだろう。
     ジェナの演説は淀みなく,ひとつひとつ順を追って明確に進められる。人々の一度リセットされた意識に,その言葉は砂が水を吸うようにすんなりと浸透していった。

    「若いのに,なかなか大した弁論だな」
     ジョウも感心して,すっかり聞き入っている。
    「自分より年下のジョウにそんなこと言われたら,あいつショックだろうなぁ」
     ジルは楽しそうにくっくっと笑う。
    「…でも,そうなんだ。あいつの言葉には説得力がある。その辺の軍人に比べれば体力もないし,武器の扱いだって慣れてない。けど,あいつには統率者としての資質がある。頭も切れる。…ただお人好しな性格が災いして,なかなか決断力に欠けるところはあるがな…」
     ジルは眩しそうにジェナの後ろ姿を眺めている。
    「…そうか。でもあんたが補佐に付けば,丁度良いって訳だ?」
     ジョウが妙に納得のいった表情で言った。
    「ああ,その通りだ」
     はじめてジルがジョウを振り返る。逆光を背に受けてなお輝く笑顔は,ドキリとするほど綺麗なものであった。


    『ジョウ!』
     不意に手首の通信機からタロスの声が響いた。
    「どうした?」
     ジョウは即座に応答する。
    『さっきリッキーから連絡があって,アルフィンを近くの病院に運んだそうです。リッキーはシャルアを連れて,そのまま病院にいるって言ってましたぜ』
    「それで,アルフィンの容態は?」
     ジョウは顔色を変えて訊く。何より知りたかった情報だ。
    『それが,まだそこまで言ってこねぇんでさぁ。あいつもまだ待たされてる状態らしくって…。俺も今から病院に向かいやす。何か分かり次第,また連絡を入れますんで,ジョウもそっちが落ち着いたら来て下せぇ』
     病院の名前を告げて,タロスは通信を終えた。
    「ジョウ,私達も行こう。今すぐに」
     通信機の会話を聞いていたジルが,ジョウの腕を掴んで言った。
    「しかし…」
     ジェナの演説はまだ続いている。今のところ群衆は落ち着いているが,油断は出来ない。
     ジョウの中で激しい葛藤が生じる。
     しかし,少し笑いを含んだ声で,ジルがそれを打ち消した。
    「ばか。…ジョウの仕事は私達をジェナの元に送り届ける事だろう?暴動を抑える事じゃない。…それに,この状況なら心配ない。あいつがああいう表情をしている時は,大丈夫だ」
     ジルは上目遣いににやりと笑う。その黒い瞳にはジェナに対する揺るぎない信頼があった。
     その眼を見て,ジョウはようやく決心がつく。
     大きく一つ頷くと,振り向きざまに走り出した。なるべく群衆を刺激しないよう,慎重に人垣を掻き分けながら。

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■710 / inTopicNo.9)  Re[23]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/14(Fri) 10:56:04)
    『頼む!!とにかく話を聞いてくれ!!』
     拡声器を通して,ジェナが必死に訴える。
     群衆の熱気にあてられ,じっとりとした汗が全身に滲む。
     しかし”焼け石に水”とはこのことで,ひしめき合う群衆の怒号の前では,拡声器越しの声ですら,ただの雑音にすぎなかった。
    『すべてっ!誤解なんだ!』
     それでもジェナは声を嗄らして叫ぶ。
     
     ジェナは焦っていた。
     今回の騒動の発端が先程明らかになったのだ。
     アガニラ大陸以外の島々に流された誤情報。
    ”アガーニの海から深刻な量の放射線が漏れている”
    ”海中で放射性物質が突然活性化したらしい”
    ”アガニラの惑星管理局はその情報を隠している”
    ”アガニラは再び周辺の島々を見捨てるつもりだ”
    ”アガニラ国軍は放射性物質を利用して原子爆弾の開発を進めている”
    ”放射線が漏れだしたのは原子爆弾の開発過程でミスが生じたからだ”
    ”賠償責任を逃れるため完成した原爆を使ってアガニラ以外の都市を破滅させる計画があるらしい”
    ”アガニラ当局は開発した原爆の効果を試験するためにもこの計画を実行するつもりだ”
     …等々,島民の不安を煽るような”うわさ”が,恐るべき早さで広まったのである。
     それはあまりにも不自然で,あまりにも突拍子もない”うわさ”であったが,2年前の隕石墜落事件はまだなお記憶に新しく,人々に決して浅からぬ傷を作っていた。
     現在も乾くことのない傷口は,少しの刺激で簡単に広がり血を流す。
     なんの信憑性もない”うわさ”が,効果的に人々の傷口を広げて進入し,心をかき乱した。
     誰もが疑心暗鬼に陥った。
     ラグアスは,その心理的動揺に見事につけ込んだ。
     アガニラ周辺の島民に,アガニラに対する猜疑心を植え付け,敵愾心を増長させ,実に手際よく武器を売り込み,今回の騒動を決起させるに至ったのである。
     その手腕の見事さと狡猾さは,ある意味評価されるべきものですらある。
     ジェナは慎重な内部調査を根気強く繰り返し,ようやくそのカラクリを突き止めたのだ。
     ジョウ達が”猫背男”と読んでいたナサルという人物,何の功績も無いのにナサルを強引な推薦により士官に仕立て上げたアガニラ陸軍の将校,彼とラグアスの間で秘密裏に交わされた契約。買収,賄賂,裏切り。
     膨大な時間と労力を掛けて調査した結果,ようやく首謀者が発覚したのだ。
     ひとつの事実が明らかになれば,後は芋蔓式だった。
     そして今回の首謀者達の拠点となっていたビル,防衛庁幕僚監部施設と防衛研究所が併設されている建物を突き止めたのだが,直後にビル崩壊の緊急速報が入ってきた。
     いったい何者によって為されたものか判明はしていなかったが,ジェナはこれを好機と判断した。
     速やかな事態の終結を迎えるべく,調査書の束と拡声器を手に,危険を承知で群衆の前に立ったのである。
     が,しかし。

    「これじゃ逆効果だったか…」
     拡声器から口を外してジェナはボヤく。もっとも拡声器越しでも,そんな呟きは聞こえるはずも無かっただろうが。
     やはりここまで膨れ上がった負のエネルギーを友好的な話し合いで解決するのは不可能なのか。
     誰の血も流したくないというのに。
    「どうすりゃいいんだ」
     泣きたい気分になって,思わずジェナは空を仰ぐ。
    「…へ?」
     突然ジェナの目前を2本の噴水が走った。天に向かって高く吹き上げる。
     同時に何かが水の勢いに乗って飛んでいくのが見えた。
     そして。
     光が爆発した。

     音もなく,凄まじい光量の白い光が一気に放たれた。
     放水された水しぶきを光が乱反射して,いっそう輝きを増す。
    「!?」
     先程までの喧噪が,眩しい光に吸収されたかのように消える。
     強烈な光は一瞬にして人々から視界を奪い,思考的にも身体的にも強制的に制御を掛けた。
     さらに,続いて降り注ぐ冷たいシャワーが,ヒートアップしていた空気を一気に冷却していく。
    「な…なんだこれはっ!?」
     眩む目と萎えそうになる身体を奮い立たせ,瞬時に状況を把握すべく体勢を立て直そうとするジェナは,さすがに臨時対策本部の指揮官というべきか。
     光はすぐにおさまった。同時に噴水も。しかし暴力的に強い刺激を与えられた眼にはまだちかちかと残像が残る。
    「ジェナ!」
     聞き覚えのある声に,ジェナはギョッとして反射的に振り返る。
     そこには放水車のホースを抱え,自分もびしょ濡れになったジルがいた。
     ジェナの目と口が面白いくらい大きく開く。
    「…おまえっ,なんでっ!?」
     ジェナは眼鏡に付いた水滴を慌てて拭き取ると,改めてその姿を確認する。
     赤銅色に輝く肌,強い光を湛えた瞳,潔くカットされた黒髪,ぴんと背筋の伸びた肢体,見間違えようがないくらい,ジルだった。
    「今がチャンスだ!早くっ!!」
     ジェナの質問には答えず,ジルが焦れたように怒鳴る。
    「あ?…ああっ,そうか!」
     ジェナの瞳に生気が蘇ってくる。
     未だショック状態にある群衆に向かって,ジェナは朗々と演説を始めた。
     
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■709 / inTopicNo.10)  Re[22]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/13(Thu) 17:29:07)
     ジョウとジルは空を飛んでいた。
    「落ちるなよ!」
     爆音に負けないように大声でジョウが怒鳴る。
    「そっちこそ!」
     ジルも良く通る声で応じる。
     二人はアガニラ国営放送局の赤い小型ヘリにしがみついていた。バランスを取るため,左右に分かれて。
     小型ヘリは機材を降ろしても,中に二人の人間が乗り込むだけの物理的な広さが無かった。ジョウ達は強引にヘリの外側に脚と手を引っ掛けているような状態である。
    (シャルアが見たら卒倒するかもしれないな…)
     ジョウはぼんやりと思う。
     敢えて負傷したアルフィンの事は頭の隅に追いやった。
     今は仕事に集中しなければならない。


     ジョウ達はアガニラ国営放送局の報道車に駆け込んで,協力を要請したのだ。
     ヘリを使わせてくれ,と。
     最初は突拍子もない計画に,悪い冗談だと取り合ってもらえなかったが,ここでもジルの豊富な人脈が明らかにされた。渋るディレクターを押しのけて車載の通信機で放送局本部に連絡を付けると,報道局長に直接交渉したのである。2,3分の短い会談の後,掌を返したように,俄然スタッフは協力的になった。

    「おまえ,何て言ったんだ?」
     交渉の間,車外で待っていたジョウとタロスが心底不思議そうに尋ねた。
    「ん…?いや別に大したことじゃないさ。こちらの身分を明かして,後でシャルアの独占インタビューを取らせてやるって言っただけだ」
     ジルはせっせとヘリから機材を降ろしながら,さらりと答えた。
    「……おまえ,そんなこと,勝手に約束して良いのか…?」
     ジョウが唖然として言った。
    「いいさ。ジェナを救うためだ」
     ジルの答えは簡潔である。
    「………」
     それ以上何も突っ込まず,ジョウとタロスは顔を見合わせて肩をすくめた。
     
     搭載されていた機材をあらかた降ろすと,ずいぶんヘリは身軽になった。ジョウとジルの体重を合わせてもまだ余裕がある。さすがにタロスの体重は加算出来ないが…。
     赤い小型ヘリはジョウとジルを乗せ,慎重に空へと舞い上がった。
     リモコン操作をするのはタロスである。
     さすがに生身の人間を乗せたヘリを操作するのは,慣れたテレビ局のスタッフも嫌がったのだ。
     タロスには操縦士としての天性の勘がある。先刻の装甲車の運転も然りである。
     ジョウとジルは躊躇いもなく,タロスに任せると言った。
     ジョウはタロスに絶対的な信頼を持っていたからだ。
     だとすれば…。
    「俺はその信頼に応えなくちゃいけねぇよなぁ」
     お気楽そうにのんびりと呟くと,タロスは乾いた唇を舌で湿らせ,リモコンに集中した。呼吸さえ忘れるほどに。


     ジョウ達は群衆のはるか上空を飛んでいる。
     想像以上の強風に煽られぬよう,二人は必死でヘリにしがみつく。
    「タロス!そのまま屋上に飛び降りる!今の高度を維持して,真っ直ぐに進めてくれ!」
     ジョウが手首の通信機に向かって怒鳴る。
    『了解。いい位置でまた指示を下せぇ』
     タロスからの返事がノイズに混じって聞こえた。
     もはやタロスの目視でさえ,ヘリの細かい状況は確認できない。このまま屋上方向に進めれば,ヘリ自体,視界から消える。
     ジョウからの指示だけが頼りだった。
    「よし!今,地面まで約20メートルって高さだ!少しずつ高度を下げられるか!?」
     ヘリがタロスの視界から消えている事を承知でジョウは言う。
    『やってみます』
     タロスの返事は簡単なものだった。
     無骨な指が,慎重にリモコンのレバーを操作する。
    「ゆっくりと…ね」
     タロスは独り言を呟きながら,指先に全神経を集中した。

     ジョウとジルを乗せた小型ヘリは,徐々に高度を下げる。
     約5メートルの高さまで降下した時,ジョウがカウントを取り始めた。二人同時に飛び降りなければ,ヘリは簡単にバランスを崩して墜落する。
    「5!4!3!2!1!GOっ!!」
     絶妙のタイミングで二人は手を離し,バーを蹴った。ヘリはいきなり負荷が無くなった事と蹴られた衝撃によって,大きく揺らぎながらグンと高度を上げた。
    「降りたぞ!タロス!後はヘリを戻してくれ!」
     屋上に降り立つとすぐに,ジョウは通信機に向かって言った。
    『…了解!』
     通信機越しでも,タロスが安堵の溜息を吐いたのが分かった。

    「ジル!大丈夫か?」
     ジョウがすかさずジルの様子を窺う。
    「もちろん」
     ジルは肩をほぐしながら答えた。必要以上に力を込めていたせいで,肩も腕も驚くほど凝り固まっていた。だが,それくらいの事は何でもなかった。
    「急ごう!」
     ジルは改めて瞳に闘志の光を灯すと,屋上の扉に向かって走り出す。
     ジョウも黙って従う。
     扉の鍵をレイガンで焼き切っている時,ふとジルが言った。
    「今回は私が先に走り出しても文句を言わないんだな…?」
     ジョウは一瞬おそろしく嫌な顔をしたが,ふんと鼻を鳴らして言った。
    「ここではあんたの方が道は詳しいからな」
    「…なるほど」
     切羽詰まった状況に反して,ジルは楽しそうに笑った。
     

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■708 / inTopicNo.11)  Re[21]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/13(Thu) 16:39:24)
     群衆の後ろに辿り着いたものの,ジルはそこから先へ進めず踏鞴を踏む。遠目には見えたジェナの姿も,今は多くの頭に遮られている。
     実際の現場を目の当たりにして,この場に渦巻いているエネルギーの強大さに,ジルは戦慄を覚えた。みな一様に眼がギラついており,陶酔しきった表情で声を上げている。
    「くそっ!どうしたら良いんだ…!」
     湧き起こる焦燥感にジルは歯噛みする。
     ここからジェナの立つセントラルタワービルの正面入り口までは100メートル近い距離がある。群衆の厚みが40〜50メートル,それを押しとどめる大型の特殊車両のバリケードが30〜40メートルの幅で連なる。ビルを中心に同心円を描いている状態だ。
    「…これじゃ近付きようがないな」
     ジルのすぐ傍で,追いついてきたジョウの声がした。
    「ああ。…ちきしょう,ここまで来たのに…!」
     ジルは拳を固く握りしめる。怒りで肩が小刻みに震えていた。
    「…!!」
     思わず天を仰いだタロスが,不意に細い目をかっと見開いた。
    「ジョウ!…あれ,使えませんかね?」
    「何?」
     ジョウはタロスの指し示す方向を見た。ジルも同時に反応した。
    「…そうか!」
     ジョウはすぐさま辺りに視線を漂わせる。
    「あそこだ!」
     ジルが先に目当てのものを見つけて走り出す。
    「…っだから!俺より先に行くなって!」
     ジョウの抗議は綺麗に無視される。何度目かの舌打ちをして,ジョウはすぐに後を追った。
    「…やれやれ」
     タロスは芝居がかった仕草で肩をすくめると,すぐにジョウに続いた。
     ジルが向かったのは,群衆の更に外側で待機している報道局の車両の一団であった。
     真っ直ぐに赤いカラーリングの車に走り寄る。
     アガニラ国営放送局の車両だった。


    「あれ?」
     運転席に移り,装甲車を目立たないように建物の陰に移動させた後,肉眼でジョウ達の様子を窺っていたリッキーが,急に横方向に走り出したジョウ達に思わず身を乗り出す。
    「…どうか,したの?」
     眼を閉じていたアルフィンが,本能的に異変を察して身体を起こす。力を入れたことで激痛が身体中を駆けめぐる。
    「っく…!」
     思わず歯を食いしばり,身体を二つに折る。
    「アルフィン!」
     シャルアが慌ててアルフィンの身体を支えてやる。触れた手がひどく熱い。
    「…だい,じょぉぶ,よ…」
     それだけ言うと,はぁはぁと肩で息をする。
    「アルフィン無茶するなよ。黙っておとなしくしてろよ」
     リッキーが身体ごと振り向いて言う。
    「!?」
     アルフィンの様子を見てリッキーの顔色が変わる。完全に血の気が引いており,額に浮かぶ汗の量が尋常ではない。
    「シャルア,アルフィンを寝かせてやってくれ」
     内心の焦りを隠し,リッキーは努めて冷静な声で言った。
    「はい」
     シャルアは即座に応じる。細心の注意を払って,ゆっくりとアルフィンの身体を横たえ,金髪の小さな頭を自分の膝の上にあてがってやる。
     アルフィンも抵抗しない。素直にそのまま横になる。
     リッキーは必死で頭を巡らせた。心臓がひどくドキドキした。

     



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■707 / inTopicNo.12)  Re[20]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/13(Thu) 15:55:39)
     テレビモニターはジェナの顔を映していた。
     ジョウが想像していたよりも,ずっと線の細い人物だった。制圧軍の指揮官というくらいだから,逞しい身体つきの無骨な軍人を想像していた。
     しかし,実際のジェナはというと,色白な顔に細いフレームの眼鏡を掛けた優男だった。
     クセのあるイエローオーカーの髪はふわりと後ろに流され,一段と柔らかな印象を与える。制圧軍の指揮官というよりは,タクトを振る指揮者と言った方がぴったりくるような雰囲気だった。
     画面の中のジェナは何事か叫んでいる。左手で小型の拡声器を持ち,口に当てている。もう片方の手には,何やら文書の束のようなものが握られていた。
     
     拡声器を通しても,ジェナの声は切れ切れにしか聞こえない。群衆の一層ヒートアップした怒号にかき消される。
     なんと言っても,ジェナは現在,惑星アガーニで最も有名な人物の一人である。間近に迫った国の一大イベントの話題は,メディアに上らない日は無かった。
     地面を揺るがすような群衆の叫びに,拡声器が耳障りなハウリングを起こした。

     タロスが操る装甲車の中は,膨れ上がった焦燥感に満たされ,窒息しそうな息苦しさである。
     ジルは助手席のシートを関節が白くなる程の力で掴み,微動だにせず車載テレビのモニターを見ている。
     シャルアは両手を胸前でしっかりと組み,ギュッと瞳を閉じて俯いたまま祈りの言葉を唱えている。
    「見えた!」
     リッキーの言葉に全員が弾かれたように顔を上げる。
     何度目かのコーナーを曲がると,突然眼前の群衆までは80メートルという距離の所に出た。
    「近ぇっ!!」
     タロスがギョッとして思いっきりブレーキを踏み込む。
     乱暴な操作に,装甲車のタイヤが再び抗議の悲鳴を上げる。車の後部がふわりと浮き上がった瞬間,車体が大きく左右に振られた。
    「ぅわあああああああああっ!」
     リッキーが悲鳴を上げ,シートにしがみつく。
     ジョウは瞬時に隣に座るシャルアとその向こうにいるアルフィンをまとめて抱き寄せた。そのまま両脚を伸ばして突っ張り,バランスを取ろうと踏ん張る。顔を上げ,鋭い眼差しで装甲車の動きを捉えようと集中する。
     タロスは天性の直感に従って,ハンドルを右に左に操作した。
     エアカーと違い,路面にタイヤで派手な模様を描きながら,装甲車は呻りを上げる。
     斜めに傾いだ体勢で,ようやくその動きを止めた時,実に群衆の最後列まで20メートルの距離を切っていた。
     暴力的な負担を掛けられたタイヤからは煙が上がり,車内にゴムの焼ける匂いが漂ってくる。
     当の反乱軍の人間は,自分たちの怒鳴り声に囚われ,背後で披露されたタロスの驚異的なドライビングテクニックに気付く気配もない。

    「…大丈夫か?」
     ジョウは抱き締めていた腕を解いて尋ねる。
    「…うん」
     アルフィンが俯いたまま,大きく息を吐きながら答えた。ひどく顔色が悪い。
    「はい」
     シャルアも身体を強張らせながら答える。しかし,ドアが開く音を聞くと,弾かれたように顔を上げた。
     既にジルの背中は消えていた。
    「ここにいろ!」
     ジョウはそう言うと,「ったく…!」と大きく舌打ちして,車から飛び出そうとした。
    「ジョウ!待って下さい!」
     呼び止めたのはシャルアだった。
     思わず踏鞴を踏みながら,ジョウは何事かと振り返る。
    「これを!」
     シャルアはそう言って,急いでジョウのクラッシュジャケットを脱ぐと,本来の持ち主に差し出した。
    「ジルを,お願いします。…気を付けて…!」
     ジョウはクラッシュジャケットを受け取ると黙って頷き,返事の替わりに親指を立てて見せた。
     そのまま素早くジャケットを着ると,今度は振り返ることなくダッシュした。
    「おまえは二人の傍を離れるな」
     タロスはリッキーにそう言うと,すぐにジョウの後を追った。
    「ええっ!?…ううぅぅ…了・解っ!」
     ドアに手を掛け,降りようとしていた矢先に足止めされ,リッキーは驚いたような,情けないような表情をしたが,頭をぶんぶんと音が出るほど振った後,どっかとシートに座り直した。
    「…リッキー?」
     後部シートからシャルアが気遣わしげに声を掛ける。闘志を削がれた少年の背中はやけに小さく見えた。
     なんとなく申し訳ないような気になって,シャルアは何か言葉を掛けようと口を開きかけた。が,それよりもリッキーが振り返る方が早かった。
    「へへへっ!俺らはまだ子どもだけど,れっきとしたクラッシャーだからさっ。どーんと安心して任せてよっ!」
     明るくそう言うと,ジョウの真似をして親指を立て,にやりと笑ってみせた。
    「リッキー…」
     シャルアの瞳が優しげに細められる。リッキーは急に照れ臭くなって,モニターの画面を見るふりをしながら慌てて前を向いた。
    「…なーま言っちゃって」
     瞳を閉じたまま,アルフィンがシャルアにだけ聞こえるように呟いた。やはり口元には微かな笑みが浮かんでいる。
     シャルアはアルフィンの肩を抱き,自分に寄り掛からせながら,ふふふと小さく笑った。
     
引用投稿 削除キー/
■706 / inTopicNo.13)  Re[19]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/13(Thu) 15:06:40)
     そのままたっぷり5分待った。
     その間,誰も口を開こうとしなかった。
     いつの間にか,フロントガラスは降ってきた粉塵と煙のせいで,薄黒く塗りつぶされていた。
     タロスがワイパーを作動させる。細かな砂を引きずって,ワイパーがじゃりじゃりと不快な音を立てる。
    「ここは,どこなんだろう…?」
     口火を切ったのはリッキーだった。独り言のような呟きだった。
    「さて…,これだけの騒ぎで誰も出て来ないってぇのも妙だしなぁ…」
     タロスがクリアになったフロントガラスから辺りを見渡して言った。
     確かに人気がない上に,救急車やパトカーが駆け付けてくる気配すらない。
     振り向けば,まだ立ち上る黒煙が見える。ということは,あのビルの崩壊は現実にあった事なのだ。ここにいる全員が揃って同じ夢を見た訳ではないらしい。
    「…ここは,アガニラの中心部だ」
     ジルはそう言うと,ドアをスライドさせて車外へと降りた。
    「アルフィンとシャルアはそのまま乗ってろ」
     ジョウはそう言い残すと,ジルを追って外へ出た。タロスとリッキーも続いた。
    「あの先端が尖っている建物が,セントラルタワービルだ」
     ジルが指を差し,眩しそうに目を細めた。
    「…ここからだと,直線距離で3キロって感じだな」
     ジョウが目測で言う。
    「ああ,そんなものだろう」
     ここからはクーデターの様子は窺えない。煙のひとつも上がっていないところをみると,まだ膠着状態が続いているということか。
    「あ…。兄貴!あれ!」
     突然リッキーが叫ぶ。ジョウはリッキーの指の先に素早く視線を走らせた。
     リッキーの指し示した方向に,一機の赤い小型のヘリコプターがいた。崩壊したビルの上空を飛んでいる。
    「あれは…」
     ジルがそのカラーリングに反応する。
    「ジョウ」
     車の中からアルフィンが呼ぶ。
    「どうした」
     すかさずジョウが駆け寄ってくる。
    「これを,見て」
     アルフィンが示したのは,車内に搭載されているテレビだった。
     モニターには激しいビル火災の様子が映っている。
    「これは…」
     ジョウが身を乗り出して,モニター画面を食い入るように見つめた。
    「やはりな…。あれは報道用のヘリだ」
     ジョウの後ろからモニターを覗き込んで,ジルが言った。
     先程リッキーが発見した赤いヘリコプターは,アガニラ国営放送局の報道用無人ヘリだったのだ。危険で人が近づけないような場所で活躍するリモートコントロール式のカメラ搭載小型ヘリである。
     赤い色は,国営放送局のコマーシャルカラーである。
    「あ…」
     画面が変わり,女性キャスターの顔が映し出される。
    『現在も崩壊したビルは炎を上げて燃えている様子です。退避命令が出されているこの地域で,いったい何事が起こったと言うのでしょう。無人であるはずのビルからの突然の爆発。しかもこのビルは防衛庁幕僚監部施設なのです。やはりこれもクーデターの一環と考えるべきなのでしょうか。セントラルタワービル前の膠着状態はただのカムフラージュだと言うのでしょうか。…もちろん,この施設には防衛研究所が併設されていますから,その中の何かが誤作動ないし不具合を起こしたという可能性もあるわけです。しかしこのタイミングで,というのは,何か意図的に……あ,只今新しい情報が入ってきました。……セントラルタワービルに集結してる消防車両が数台そちらに回される,とのことです。えええと,はい,レスキュー隊も一緒に,ですね?…しかし,反乱軍の包囲網を抜け出すのは至難の業かもしれません。…それでは,セントラルタワービル周辺の様子を上空のカメラから見てみましょう』
     再び画面が切り替わった。ジルがジョウの肩に顎を乗せるようにして,モニターを凝視する。
     
     そこには,黒山の人集りがあった。それぞれ武器を手にし,煽るように時折上空に向かって発砲している。対するアガニラの軍隊は,装甲車や消防車などの特別大型車両をセントラルタワービルの周辺に何重にも並べてバリケードを築いている。双方とも何事か叫んでいるが,お互いの怒声にかき消され合って,まったく聞き取れない。
     興奮した人間が突出してくる度に,放水車が水を放出して撃退する。それに煽られて,ますます反乱軍のボルテージは上がる。
     しかし,まだ武器の使用は威嚇射撃に留まっているようだ。双方とも,この状態で武器を使用する事の危うさは,よく理解しているのだろう。どちらかが一筋のレーザービームでも相手に撃ち込めば,たちまちここは殺戮の場と化し,おびただしい量の血と惨たらしい死体の山で埋め尽くされるのだ。あまりにも明らかなビジョンに,誰もが迂闊に手を出せないでいた。
     今や反乱軍に加わった人々は,本来の目的さえ忘れ,リアルに突きつけられた死への恐怖から逃れるために雄叫びを上げていると言っても良かった。
     ひしめき合いぶつかり合う身体と身体。熱気によって空気が薄まり,一種のトランス状態を作り上げる。衝動のままに意味のない言葉を叫ぶ。
     ただ,己の死のイメージだけが,冷たい刃となって胸のどこかに突き刺さっていた。

    『この状態になってから,もうすぐ3時間が経過しようとしております。一触即発の緊張感が,カメラを通しても伝わってきます。未だに反乱軍からは何の声明文も届いておらず…』
     中継の映像はそのままに,女性アナウンサーの顔が画面下の小窓に映し出される。
    「まずいな…」
     ジョウが状況を目の当たりにして,改めて唸る。
    「!?」
     突然ジルがジョウの肩を強い力で引き,身を前に乗り出した。
    「ジル!?」
     ジョウがすんでの所で体勢を立て直し,ジルの顔を見る。
     ジルの顔は驚くほど青ざめていた。瞳を見開き,唇は微かに震えているように見えた。
    「ジェナ…!」
     それは決して大きな声ではなかったが,血を吐くような悲痛な叫びだった。
    「え」
     ジョウが,アルフィンが,そしてシャルアが,一斉にモニターを見る。
     画面は相変わらず群衆を映していたが,建物の中から誰か出てくるのが見えた。
     カメラが反応してクローズアップする。
    『あ…,中から!…セントラルタワービルの中から,誰か出てきたようです!!』
     事態が動く事を予感して,女性アナウンサーが興奮したように,声のトーンを上げて言う。
     
     突然何かに弾かれたように,ジルが勢いよく駆け出した。
    「タロス!行くぞ!」
     ジョウはそう叫ぶと,身体を大きく反転し,素晴らしい反射神経でジルの腕を捕まえる。
    「離せっ!!」
     ジルが凄まじい形相で,ジョウの手を振り解こうとする。しかし,ジョウの力強い手は,それを許さない。
     さらに力を込め,ぐいっと掴み上げる。
    「っの,バカ!落ち着け!車で行った方が早いに決まってるだろっ!?」
     至近距離からジルの黒い瞳を真っ直ぐに捉えて,ジョウがドスの利いた声をぶつける。
    「……!」
     ジルの整った柳眉がぴくりと反応した。
    「早く乗って!」
     助手席に乗り込んだリッキーが叫んだ。
     その声を合図に,ジョウとジルは素早く車に駆け込んだ。
    「…サンキュ」
     ジョウの耳に小さな声が届いた。



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■705 / inTopicNo.14)  Re[18]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/13(Thu) 11:07:40)
    「…見直したぜ,アルフィン」
     タロスが階段を駆け降りながら,背中にいるアルフィンに声を掛ける。
     今,アルフィンはタロスに背負われていた。あの後,何とか気力を取り戻したものの,やはりダメージは大きく,立つことさえ出来なかったのだ。
     しかし,タロスはそれを承知していた。
     承知の上で,わざと厳しい言い方をした。あの時のジョウとアルフィンには必要だと思ったからだ。
     そうして,クラッシャージョウのチームは,再び走り出したのだ。
    「…さすが,クラッシャー…でしょ…?」
     アルフィンが苦しい息ながら,小さく笑って答える。
    「ああ,違いねぇ」
     タロスもにやりと笑った。

     今はリッキーが先頭を走る。
     レイガンからハンドブラスターに持ち替え,立ちはだかる警備兵を片っ端から撃ちまくる。
     リッキーの後ろにはアルフィンを背負ったタロスが続き,レーザーガンを片手で連射しながらリッキーを援護している。
     その後ろをジルがシャルアの手を引いて走る。ジルのもう片方の手にはレイガンが握られていたが,今はシャルアの手を引くことだけに集中していた。
     ジョウは最後尾を走っていた。肩には小型のバズーカ砲が乗っている。時折振り向いてトリガーボタンを押す。
     激しい爆発と共に階段が崩れ落ちる。追随する警備兵の進路を塞ぐには有効だったが,建物の強度的にそろそろ限界のようだった。
    「急げ!崩れるぞ!」
     背中に爆発の熱風を受けながら,ジョウが声をからして叫ぶ。
     上の方から,ごごごごごごごごごという不気味な呻り声が響いてきた。建物の揺れが大きく激しいものになる。
     シャルアがよろめいて崩れそうになるのを,ジルは力尽くで引っ張り上げる。
     タロスの背中でアルフィンの長い金髪が生き物のようにうねった。

    「外だっ!!」
     リッキーの歓喜の声が,轟音の中でもクリアに響いた。
     その声を聞くやいなや,ジョウはバズーカ砲を放り投げると一気に加速し,追い抜きざまにシャルアの腰を捉える。そのまま横抱きにすると,さらに足を速めた。
    「急げ!」
    「おう!」
     ジョウの呼び掛けに,ジルも簡潔に答える。
     天井からは細かい欠片が激しい雨のように降り注ぐ。紅蓮の炎は,外からの新鮮な空気に煽られてその勢いを増し,黒煙が一気に膨れ上がる。もはや非常用のスプリンクラーも意味がない。
    「兄貴!こっちだ!」
     リッキーが装甲車の前で大きく手を振っている。うまい具合に駐車場に出たらしい。
     タロスは既に運転席に収まり,エンジンを掛けている。
     ワンボックス型の装甲車は,二連のタイヤが六組付いた重厚な作りのものだった。その横扉を全開にし,ジョウ達が追いつくのを待っている。
    「ラッキー!」
     ジョウは叫ぶと,そのままの勢いで車内に突っ込んだ。
     リッキーも素早く助手席に乗り込む。ジルがドアを閉め切る前に,タロスはアクセル全開で急発進した。空転したタイヤが甲高い悲鳴を上げる。

     ………ぐ,ぐ,ぐごごごごごごご…!!
     背後でもの凄い轟音が響いた。地面からビリビリと凄まじい振動が伝わってくる。
     シャルアは隣でぐったりと眼を閉じているアルフィンの身体を包み込むように両腕でしっかりと抱き締めた。
     タロスはひどい地揺れにハンドルを取られないように,必死で前を睨みつけながらアクセルを踏み続けた。フロントガラスには,地震の余波で割れた近隣のビルの窓ガラスが降り注ぐ。細かいガラスの欠片はキラキラと光を反射して,幻想的にすら見える。装甲車が防弾ガラスでなければ,そんな呑気な感想も出ては来なかっただろうが…。
     リッキーは軽い身体が跳ね上がるのを押さえつけるように,慌ててシートベルトを装着すると,両手をドアとシートに伸ばして突っ張った。
     ジョウとジルだけが振り返り,その轟音の先を見つめていた。
     30階はあろうかという程の高いビルであった。それが見えない力に押さえつけられたかのように,上から崩れていく。
     ひどく,簡単に。そして,ゆっくりと。
     耳が麻痺してしまったのか,地を揺るがすほどの轟音も,キーンという高周波の耳鳴りにしか聞こえない。音を消したその光景は,まるで安っぽい特撮映画のワンシーンのようにも見えた。
     舞い上がる粉塵も,横に上に沸き立つように膨れ上がる黒煙も,ちらちらと赤い舌を覗かせる炎も,全てが作り物のようだった。
     
     ある程度距離を稼ぐと,タロスはハンドルを右に切った。頑丈そうな建物の陰に入る。
     その横を,追いかけてきた煙と爆風が道なりに走り抜けていった。

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■704 / inTopicNo.15)  Re[17]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/13(Thu) 10:25:29)
    「…の野郎っ!!」
     普段は青白いその顔をどす黒く染めて,タロスが吠えた。額には太い血管が浮き上がっている。
     タロスは左腕を水平に薙ぎ,一気に乱射した。
     猫背の男の頭部が鮮血を放って吹き飛ぶ。盾を失った後ろの3人も次々に銃弾をくらって,赤い色に染まりながら踊るように倒れた。
     それでもタロスは弾丸が尽きるまで銃撃を止めなかった。
    「アルフィンっ!!」
     ジョウの悲痛な叫びでタロスは我に返る。
    「ア,アルフィン…!」
     リッキーも青ざめて駆け寄ってくる。
    「う……」
     ジョウが抱き起こすとアルフィンの口から苦しそうな呻き声が漏れた。唇の端から赤い糸のような鮮血が一筋流れる。
    「アルフィン!」
     もう一度ジョウが名前を呼ぶ。流れる血を拭うように,震える指先で柔らかな唇を撫でる。
    「……ジョウ」
     アルフィンがようやくうっすらと眼を開ける。額には汗がびっしりと浮かび,呼吸が荒い。
    「…ジョウ,無事…だったのね…?…シャルアと…ジル,は…?」
     眼を細めながら,途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
    「ああ,俺は何ともない。シャルアも,ジルも無事だ」
     ジョウは胸に込み上げてくる熱い衝動を必死で抑えながら,アルフィンの質問に答えてやる。
    「…そう」
     アルフィンは息を吐くようにそう呟くと再び眼を閉じた。酷く苦しそうだったが,それでも安心したのか口元に微かな笑みが浮かぶ。
    「アルフィン!?」
     ジョウが堪らず揺り動かそうとする。しかし,タロスの逞しい手がジョウの肩を掴み,それを阻止した。
     思わずジョウはタロスを睨みつける。
    「ダメです,ジョウ。アルフィンは今の銃撃で内蔵を傷つけた可能性が高い。激しく動かすのは危険です」
     タロスはゆっくりと言い聞かせるように言った。
    「………」
     ジョウは何も答えない。黙ってタロスを見上げている。痛いほど強い力で掴まれている肩からタロスの熱が伝わってくる。ジョウの瞳が微かに揺れる。
    「いいですか,ジョウ。アルフィンが受けた銃弾は,全部クラッシュジャケットが弾いた。とりあえずアルフィンは,生きている」
     それはどこか暗示を掛けるような口調だった。真っ直ぐにジョウの瞳を捉えながら,タロスは低い声を響かせる。
    「……だが」
     ジョウの声は普段からは想像もつかないほど頼りないものだった。
     そう,ジョウとて頭では分かっていた。
     クラッシュジャケットは防弾耐熱に優れた作りになっているため,確かに銃弾の貫通は防ぐことが出来る。無防備な頭部にさえ弾丸が命中していなければ,すぐに命に関わるような事にはならない。
     しかし,いくら銃弾を弾いたとしても,そのショックまでは吸収できないのだ。ジョウはその衝撃の大きさを身をもって知っている。銃弾の威力や当たり所によっては,骨折や内臓破裂の怖れもある。
     そして,アルフィンはジョウやタロスとは決定的に身体のつくりが違うのだ。
     いくら鍛えようとも,元々が華奢な身体である。当然,筋肉も薄い。ジョウとアルフィンが同じ銃弾をくらったとしても,はるかにアルフィンが受けるダメージの方が大きいのだ。
     逡巡するジョウの腕の中で,アルフィンが微かに身じろぎした。
    「アルフィン!」
     ジョウが思わずその名前を呼ぶ。
    「…ジョウ,だい…じょうぶ,よ…」
     アルフィンは絞り出すようにそう呟くと,ゆっくりと瞳を開いた。
    「…もう,平気。…早く,外に…。急がないと…」
     アルフィンの青い瞳が炎の赤に照らされて,ゆらゆらと揺れる。しかし,その視線はしっかりとジョウの瞳を捉えていた。
    「アルフィンの言うとおりですぜ,ジョウ。あいつらを殺したところで,まだ他に警備兵は残っている。こんな所でぐずぐずしてるヒマはねえ。……アルフィン,まだ仕事中だ。しっかりしろ。今ここで休んでる場合じゃねぇだろ?」
     厳しい台詞にリッキーとシャルアが思わず非難の声を上げ掛けたが,タロスの恐ろしいまでの真剣な表情に,2人とも瞬時に言葉を無くす。
    「わか…てる,わよ…!」
     アルフィンの身体に力がこもる。ジョウは反射的にアルフィンが身体を起こそうとするのを補助してやる。
     アルフィンは上体を起こすと,眼を閉じ,俯いて息を整える。吐く息は,荒い。
    「…ジョウ,お願いが…あるの」
     俯いたまま,不意にアルフィンが言った。
    「なんだ?どうすれば良い?」
     ジョウはアルフィンの背中に手を添えたまま顔を近づけた。
    「キスして」
    「なに?」
     まったくの意表を突かれて,ジョウが間抜けな声を出す。
    「そしたら…元気,出ると…思う,のよね…」
     ようやく頭が回りだしたジョウの身体から,一気に汗が噴き出した。
    「…だって,最近の…ジョウの,態度ったら…なかったわよ…」
     荒い呼吸の中で,アルフィンは恨み言を言う。
     ジョウは顔を上げて辺りを見回す。
     タロスもリッキーも,ジルとシャルアも,申し合わせたように背中を向けていた。
    「………ったく」
     ジョウは気恥ずかしさを誤魔化すように,小さく舌打ちすると,俯いているアルフィンの頬に手を当て,心持ち上を向かせた。アルフィンの瞳は閉じられたままだ。
     まだうっすらと血の跡が残るその唇に,ジョウは自分のそれを押し当てた。
     アルフィンの呼吸が一瞬止まる。ジョウの唇の熱さに,アルフィンの長い睫が微かに震えた。
     ゆっくりと唇を離すと,ジョウはアルフィンの青い瞳を覗き込む。
    「…元気,出たか?」
     ぶっきら棒な問いに,アルフィンは極上の笑顔で応えた。

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■703 / inTopicNo.16)  Re[16]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/12(Wed) 21:56:57)
    「それじゃ行きますぜっ!」
     タロスはそう言うと,左腕を真っ直ぐに伸ばし,鉄格子の鍵の部分めがけて機銃を連射した。
     部屋全体に反響する凄まじい轟音に,シャルアは耳を塞いで顔を伏せる。
     ひとしきり撃ちまくると,たちまち非常警報が鳴り響き出した。
    「行くぞ!」
     ジョウは掛け声と共にシャルアの手を取り,破壊された鉄格子のドアから走り出した。
     ジル,アルフィン,リッキーと続き,最後にタロスが左手首を再装着してから飛び出した。
     次々に駆け付けてくる警備兵の一団に,ジョウはすかさずシャルアの着ているクラッシュジャケットからアートフラッシュをもぎ取り投げつける。
    「伏せろ!」
     ジョウの合図と共に一同は床に低く伏せる。ジョウはシャルアの身体を自分の身体で覆う。
     直後にアートフラッシュは発火し,オレンジ色の火球が鮮やかに広がった。一気に炎が燃え上がる。
     凄まじい熱がうねるようにジョウの背中の上を駆け抜ける。
    「く…っ!」
     歯を食いしばって耐えるジョウの口から思わず声が漏れる。
     数瞬後,ジョウは素早く立ち上がると,そのまま武器を奪うために炎に向かって駆け出した。
     が,それは恐るべき早さで伸びてきたタロスの腕によって阻止される。
    「タロスっ!?」
    「ジョウ,自分の格好を思い出して下せぇ」
     言いながら,タロスはジョウを後ろに放り投げて走り出していた。
     言われて初めてジョウは思い出す。自分がクラッシュジャケットを脱いでいることを。
     耐熱効果があるクラッシュジャケットなら,多少炎に包まれても身体に危険は及ばないが,今のジョウはそれを着ていない。
     タロスが引き戻してくれなかったら,業火によって瞬時に身体を焼かれてしまっていただろう。
     ひやりとした汗が背中を伝い落ちた。
    「兄貴!しっかりしてくれよ!」
     リッキーが後ろから悲鳴のような声を掛ける。リッキーも余程焦ったのだろう。
    「分かってる!次はやらん。心配するな」
     動揺を隠すために,ジョウは振り向かずに答える。
     ほどなくタロスが敵から奪った銃器を持って帰って来た。
     
     ジョウとジルはレーザーライフルを,アルフィンとリッキーはレイガンを,そしてタロスはバズーカ砲をそれぞれ選び,再び通路を走り出した。
     続けざまにアートフラッシュを投げつけたため,辺りは紅蓮の炎とどす黒い煙で視界が悪い。
     クラッシュジャケットを着ていないジョウを銃弾から庇うようにタロスが先頭を走る。しんがりはリッキーに替わった。
    「ジル,大丈夫?」
     アルフィンが後ろから声を掛ける。
    「ああ,だてに灼熱の砂漠で暮らしていた訳じゃない。多少の熱さなら平気だ」
     ジルは走りながら振り返って笑顔を見せた。額には玉のような汗が大量に浮かび,キラキラと輝きながらこぼれ落ちる。ジルの着ている軍服のようなものは,通常の衣服と違って作りが丈夫になっているのだろう。炎に晒されても焼け付く気配がない。さすがにクラッシュジャケットほどの耐熱防弾効果は期待できないであろうが…。
     タロスはバズーカ砲をぶっ放しながら,階段を駆け降りる。
    「ちきしょう!いったいここは何階なんだっ!?」
     もう何階分の階段を降りたのかも分からなくなっていた。次々に現れる警備兵に続けざまに撃ちまくったせいで,バズーカ砲の弾丸も尽きた。
     タロスは再び左手首を外し,自身の機銃を乱射する。耳をつんざく轟音が通路に響き渡る。警備兵は反撃の機会すら与えられないまま,鮮血をまき散らしながら横なぎに倒れていった。
     ジョウもシャルアを庇いながら懸命に援護する。ジルもすぐ後ろで応戦する。射撃の腕はなかなかのものだ。ジョウはこんな状況でも素直に感心する。
     ”自分は戦力だ”と言い切っていた台詞が鮮明に思い出される。
     最後尾のリッキーは,後ろに向かってアートフラッシュを投げつける。背後から追ってきた警備兵は,階段ごと炎に包まれ転がり落ちた。
     その時,アルフィンは通路の奥に違和感を覚えた。硝煙が渦巻いていてはっきりとは見えないが,確かに何かが動いた。
     レイガンを撃つ手を止めて,その場所を凝視する。こめかみの辺りがちりちりと緊張する。
    「あれは!?」
     一瞬爆風に煽られて視界が開けたその先に,例の猫背の男と3人の取り巻きの姿が見えた。
     急に感覚が研ぎ澄まされたように,アルフィンは彼らの様子を鮮明に把握することが出来た。
     猫背の男は目の前で起こっている事態が信じられないといった表情で,細い目を精一杯見開いている。完全に動転しているのか,微動だにしない。
     動いたのは後ろの取り巻きの1人だった。
     アルフィンの中で時間が引き延ばされたようになる。
     さっきまで聞こえていた轟音が瞬時に消え,灼熱の炎もただの赤い色となる。
     ストップモーションの連続のような映像の中,アルフィンの身体は反射的に動いていた。
     眼前でレイガンを撃っていたジルの身体を横殴りに突き飛ばし,そのままの勢いでシャルアの肩を押さえつけるように引き倒し,アルフィンはジョウに向かって手を差し伸べるように跳んだ。
     がががががががががっ!!
    「っ!?」
     アルフィンの身体がジョウの身体を巻き込んで弾け飛ぶ。
     空中で長い金髪が放射状にパッと広がった。炎の光を反射して眩しい黄金の輝きを放った。

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■702 / inTopicNo.17)  Re[15]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/12(Wed) 16:03:54)
    「それで,戦争屋…」
     ジルは端正な顔を苦々しげに歪めて唸った。
    「そうだ。今じゃヤツらがクーデターのお膳立てをするって話も聞こえてきてるからな」
     ジョウも嫌悪感を隠そうとしない。
    「案外今回の騒動も,ラグアスのヤツらがきっかけをでっち上げたのかもしれませんぜ」
    「…確かに,そう考えれば突然のクーデターも納得がいくな」
     タロスの発言を受けて,ジョウが頷いた。
    「周囲の島民にだけ,偽りの情報が与えられたのかもしれないわね…」
     アルフィンが自国のクーデターを思い出しながら言った。あの時のクーデターは大規模な催眠,洗脳によって引き起こされたものであった。
    「さっきの猫背男は,ラグアスのヤツらに利用されてんのかな?」
    「ああ,おそらくな。ああいうタイプはある意味使いやすいからな…。どういうカラクリを使ったかは分からんが,アガニラ陸軍の中で地位を上げさせ,スパイとして使っていたと考えるのが自然だろうな」
     リッキーの疑問にジョウが答える。
    「…それでは,このクーデターの結末はいったいどうなるのですか?」
     事態の全貌が朧気ながら見えてきた事で,改めて戦慄を覚えたシャルアが,黒い瞳に涙を湛えながら尋ねる。
    「ラグアスの人間は戦争自体の手助けはしない。ただ国民を煽って武器を売るだけだ。俺達を殺さなかったのも,余計なトラブルを避けたかったのかもしれないな。クラッシャーが殺されたとなれば,アラミスの連中が黙っちゃいない。調査をして必ずラグアスに制裁を加えるだろうからな。…交渉に使うと言ったのは,あの男がそう吹き込まれているだけだろう。ただ邪魔はさせまいと,事態の終結までは,ここで監禁するつもりなのかもしれない。…クーデターが実現した以上,ラグアスのヤツらは既にアガーニから撤退していると考えるべきだろうな…。さっきの取り巻きの3人は,あの男の見張りとして残っただけだろう。裏切り者は,相手が替わっても裏切る可能性があるからな」
    「…て,事は…」
     ジョウの台詞を受けてアルフィンがぽつりと呟く。
    「急いでこの事を惑星管理局と全島民に伝えないと!このままでは大量の無意味な血が流れる事になる!」
     ジルはアルフィンの呟きを遮って叫ぶと,いきなり立ち上がった。
    「ジョウ。改めて依頼する。私に手を貸してくれないか?」
     ジルはジョウの瞳を真っ直ぐに見つめて言った。ジルの黒い瞳には真摯な輝きが灯っていた。どこまでも美しく,そして力の溢れる瞳だった。
     その視線をジョウは物怖じせずに受け止めた。
     数秒の間,微動だにせず両者は見つめ合う。
     他の4人も固唾をのんで,その様子を見守っていた。
     不意にジョウが表情を弛め,ゆっくりと立ち上がる。
    「”改めて”ってのは余計だぜ?俺達の仕事は,シャルアとあんたをジェナのところへ送り届けることだ。ジェナが惑星管理局のセントラルタワービルにいるなら,誰に邪魔されようと,ここから脱出してそこまで2人を連れて行く。…そいつは当初のガロンからの依頼の範囲だろう?」
     ジョウの濃い色の瞳にも不適な光が灯る。口の端をくいっと上げて挑戦的な表情になる。
    「ジョウ…」
     一言名前を呟くと,ジルもにやりと笑った。闘志が溢れだし,元来の美貌に凄絶さが加わる。眼の淵が赤く染まり,妖艶とも言える顔付きになる。
    「ほいじゃあ”奥の手”を使うとしますか…」
     タロスがのんびりと言った。既に左手首は外されている。かざして見せた左手にシャルアは小さく悲鳴を上げた。
     タロスの左腕にはガトリング式の機銃が仕込んである。5つの銃身が鈍い光を反射する。
    「よし,ひとまずこの建物から出る。途中で車を拾って,一気にセントラルタワービルに向かう。外に出れば,ここがどの辺なのか分かるだろう?」
     最後の質問はジルに向けられたものだ。
    「ああ,もちろんだ。目印になる建物ならすぐに見つけられる」
     ジルの台詞には自身が漲っている。
    「シャルア,走れるか?」
     ジョウの問いにシャルアは決然と顔を上げて大きく頷く。
    「途中,敵から武器を奪うまでは,何とか手持ちの光子弾とアートフラッシュで活路を開くぞ。シャルアは俺の傍を離れるな。ジルはとりあえずこれを持っていろ」
     ジョウはそう言って,ジルに電磁メスと光子弾を放り投げた。
     少し思案してから,ジョウは自分のクラッシュジャケットを脱いで,シャルアに着せてやった。ジョウの上着はシャルアには大きすぎるかと思われたが,たっぷりとしたローブを纏っている身体の上から着る分には,むしろ丁度良いくらいであった。
     クラッシュジャケットは防弾耐熱に優れている。これで銃弾の直撃を受けても即死の怖れはない。
     アルフィンは内心穏やかではなかった。シャルアへの嫉妬心と,クラッシュジャケットを脱いだ無防備なジョウの心配と,二つの思いが複雑に交錯して心をかき乱す。
     結局は何も言わなかったけれど…。

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■701 / inTopicNo.18)  Re[14]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/12(Wed) 15:13:27)
    「ジョウ」
     タロスがおもむろに口を開く。
     呼ばれたジョウは視線だけをタロスに向ける。
    「さっきの取り巻き連中の格好を覚えてやすか?」
     予想していなかった質問の内容に,ジョウは一瞬眉根を寄せる。
    「…格好って」
     ジョウは記憶の糸を辿る。
     リーダー格の男に注意を向けていたせいで,いまひとつ記憶が不鮮明だ。
     巨漢の3人…。制服のようなものを着ていた…?あれは…。
    「そういえば,連中の服はアガニラの軍隊のどの制服とも違ったな…」
     ジルも意識を集中させながら言う。
    「あっ!」
     アルフィンが突然叫んだ。
     みんなの視線がアルフィンに集まる。
    「そうよ!思い出したわ!あれはラグアスよ」
    「ラグアス?」
     ジョウはアルフィンの台詞をオウム返しに繰り返す。
    「ええ,俺もそう思いましたぜ」
     タロスが大きく頷いた。
    「ラグアスっていやぁ…」
     ジョウが再び記憶を探る。


     ラグアスは,恒星ブルガの第2惑星であるクルダルの衛星である。
     宇宙開発時代の到来時,クルダルは初期の惑星改造のサンプル惑星として,開発の手が入った星である。当時,実験的に強引な開発が行われた数多くの惑星は,膨大なデータと引き替えに,その姿を消した。惑星改造の失敗例として。
     クルダルも例に漏れず,強引な軌道修正が為されたことが原因で,恒星ブルガの引力に捉えられ,引きずり込まれそうになった。しかし,幸か不幸か,恒星に飲み込まれる前に,クルダルは自らの引力が引き寄せた隕石群によって,その生命を終わらせる事となった。
     多数の大型隕石の衝突によって,クルダルは大きく地形を変えることとなった。海水は干上がり,大地は崩壊し,全ての生命体が消滅した。再び表面温度が下がった時,クルダルは衝突した隕石の数だけその質量を増していた。
     質量の増加は,恒星ブルガの引力に対抗するだけの力になった。
     こうして惑星クルダルはブルガに飲み込まれる事を免れ,一回り巨大化した死の惑星として,新たな軌道を描くことになったのだ。
     衛星ラグアスは,この時の隕石の欠片が集まって形成されたものだと推測されている。
     奇跡的にラグアスには大気が存在した。
     地球型の星として,再び開発の計画が進められるようになったラグアスだったが,何故か度重なる事故に見舞われた。
     やがて「クルダルの呪い」と開発者達にも忌み嫌われるようになり,開発の途中段階で計画は中断される事になった。
     そこに目を付けたのが軍事兵器の開発,生産をしていたミノスコーポレーションであった。
     一代で巨大な企業を立ち上げたミノス氏は,ラグアスを巨万の富を利用してまるまる買い取り,そこに新たな兵器工場を立ち上げた。
     後に「クルダルの呪い」は,この星欲しさにミノス氏自身が行った人為的な事故だったのでは…という噂がまことしやかに流れたが,真実の程は定かではない。

    「そうか!戦争屋か!」
     ジョウが眼を見開いて言った。
    「戦争屋?」
     ジルが初めて聞く言葉に首を傾げる。
    「ああ,戦争屋っていうのは俗称なんだが…」

     ミノスコーポレーションは連合宇宙軍を始め,名だたる国々の軍隊を顧客として契約を交わしていた。
     ところが,銀河連合によって,ある程度治安が維持されるようになると,格段に需要が減ってしまった。その上,ミノスコーポレーションの他にも兵器の生産事業に着手する企業が登場してきたのだ。
     こうなると,銀河連合もミノスの独占をよしとせず,癒着を防ぐためにも競争契約の制度を導入した。それでもミノスは莫大な財力をバックに,破格の条件で次々に大手の契約を落札していった。
     ところが,格段に下がった利益率をなんとか上昇させようと,経費削減に力を入れるようになると,今度は大量の欠陥品が生み出される事態となった。
     ある時期に生産された対戦車用ミサイルに重大な欠陥が見つかり,それによって多数の事故が引き起こされた。死者の数,損害の多きさも無視できる規模では無かった。
     この事件により,ミノスコーポレーションは破産・解散の道を辿ることとなる。
     ところが,当時ミノス氏の側近であった一人の男が,新たにこのラグアスを工場ごと買い上げてしまったのだ。
     解散したミノスブランドの名前は完全に抹消し,星の名前であるラグアスブランドとして,再び軍事兵器産業に名乗りを上げた。
     無論,ミノスの名前を消したところで,なかなか信用を取り戻すのは難しい。
     そこで今度は政情不安の惑星に目を付けたのだ。
     正規の国軍相手では競争契約の規定があるが,反対勢力はあくまでも民間の団体である。そこに競争契約のルールは存在しない。
     そこに目を付けたラグアスの再興者は,反乱分子のグループに取り入り,武器を売りつけていったのだ。
     銀河連合は太陽系国家の内政に干渉しない,という規定も彼らに味方した。
     内乱の手助けをしたところで,お咎めを受けることもない。
     そうして商売の場をクーデター専門へと移行していったのである。

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■700 / inTopicNo.19)  Re[13]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/12(Wed) 14:00:51)
     やがて現れたのは4人の男達であった。 
     リーダー格の男が一人,後は護衛の取り巻きのようである。
    「ようやくお目覚めのようだな」
     口元を歪めてリーダー格の男が言った。
     40歳前後と推測される容貌であった。体格的には痩せ形であり,ひょろりとしている。他の3人の取り巻きがいずれも鍛え抜かれた肉体を有している巨漢揃いであるだけに,いっそう貧弱に見えてしまう。猫背気味の背中と皮肉に歪んだ薄い唇が酷薄な印象を与える。妙に甲高い声も気に障る。
    ”いけ好かない野郎だな…”
     その場にいる誰もがそう思った。もしかしたら取り巻きの3人でさえ,そう思っているかもしれない。
    「シャルア殿には申し訳なかったが,如何せんクラッシャーなどが傍にいたのでは多少手荒な手段を使うしかなくてな」
     少しも申し訳なくなさそうにしれっと言う。
    「ほう。俺達が何者かを知った上での仕業という事は,おまえ達は反乱軍の人間なんだな?」
     床に腰を着けたまま,ジョウが低い位置から睨み上げて言う。
    「ふんっ。反乱軍だと?勘違いしてもらっては困る。我らは義勇軍だ。我々こそが正義なのだ」
     心底バカにしたような表情で,偉そうに訂正する。
    「…おまえ,誰だ?」
     先刻から男を注視していたジルが,訝しげに尋ねる。
     せっかく格好を付けて見得を切ったものを,綺麗に無視された男は,ぴくりとこめかみを震わせる。
    「おまえの着ているその制服はアガニラ陸軍士官のものだろう?少なくとも2年前までは,おまえの顔は士官クラスには無かったはずだ」
     ジルが尋問するような口調で睨みつける。美貌の青年は,その線の細さからは想像もつかないような迫力を醸し出していた。黒い端正な瞳が鈍い光を放つ。
     ジョウはジルの豹変ぶりに内心舌を巻く。どこか飄々とした態度で,柔らかくスマートな物腰を崩さなかったジルの影はどこにも見あたらない。
     異様な威圧感を誇示する若者に,一瞬気圧されそうになりながらも,男は負けじと声を張り上げる。
    「無礼者!ただの従者風情が生意気な口を叩くな!」
    「やかましいっ!!質問に答えろ!陸軍士官ともあろう者が国を裏切るなど恥を知れっ!!」
     虚勢を張った叫びを打ち消すように,ジルの厳しい弾劾の声が雷鳴のごとく鋭く飛んだ。
    「な…っ!?」
     男は細い目を見開き半歩後退る。見えない波動がびりびりと空気中を走った。
    「なぁ,催眠ガスのせいでシャルアの具合が悪いんだ。あまり大声を出さないでくれないか。そちらにとっても大事な人質なんだろう?」
     突然のんびりとしたジョウの声が割り込んだ。緊張にぴんと張りつめた空気が一瞬弛む。
    「ふんっ!そんなもの放っておけばすぐに治る!……まぁ,シャルア殿には今後の交渉に協力して頂かなければならないからな…。もうしばらくこちらで休まれよ。…忠告しておくが,他のヤツなどこの場で射殺しても構わないのだぞ。立場をわきまえろ!」
     そう言い捨てると男は踵を返し,3人の屈強な男達の身体に守られるようにして,そそくさと立ち去って行った。


    「…おまえ,ここで死にたいのか?」
     足音が消えると,呆れるような溜息を吐いてジョウがジルに向かって言った。
    「アレはプライドを傷つけられるのが何より許せないタイプの人間だぞ?引っ込みが付かなくなれば,その場の勢いで,後先考えずに人を殺しかねない。…まぁさっきの様子じゃ人殺しをする度胸も無さそうな感じだったけどな…」
     逃げるように去って行った後ろ姿を思い出す。ジョウの介入で救われたのは,ジルの命だけではなかったようだ。
     ジョウの台詞にシャルアが青ざめる。今更ながら,泣きそうな表情でジルに非難の眼差しを向ける。
    「…すまない。つい興奮してしまって」
     ジルは肩をすくめ,いつもの口調に戻って素直に謝罪した。口元には苦い笑みが浮かんでいる。シャルアにも「ごめん」と一言付け加える。
    「それにしてもスゲー迫力だったなぁ!俺らも思わずビビっちまったよ!」
     リッキーが心底驚いた様子で感嘆の声を上げる。
    「ホントよねぇ。あたしもびっくりしたわ」
     アルフィンも青い瞳をめいっぱい見開いて,まじまじとジルを眺めた。
    「…いや,なんていうか…。ああいうタイプの男は生理的に嫌いでね…」
     ジルが些か照れたように笑う。どこか困ったような表情には,先程の激昂の欠片は微塵もない。
    「それよりも,さっきの話だが…」
     ジョウが口を開くと,ジルは再び顔を引き締めた。リッキーとアルフィンもジョウに注目する。タロスは元よりジョウの後ろで静観している。
    「ジルはアガニラの軍人にも詳しいのか?」
    「ああ,一昨年までの3年間の留学では政治経済の他に軍事的な知識も学んだんでね。軍人だけじゃなく政府要人とかにも詳しいぞ。なんせ全て現職の役人からレクチャーを受けたからな」
     ジョウの問いかけに,ジルは気軽な調子で答える。
     ジョウ達は<ミネルバ>入国審査時のジルと管制塔の最高責任者との遣り取りを思い出す。
    「その当時の士官連中は全員把握していると?」
    「ああもちろんだ。さすがに下士官レベルになると,全員とはいかないがな。……それでもいずれ上官に上がるような人間とは,それなりに交流があったつもりなんだが…」
     ジルはどうにも解せないといった表情で言葉を濁す。
    「あいつはどう見ても小物ですぜ。…あんな野郎にクーデターなんて起こせるハズがねえ」
     タロスが腕組みしながら首を捻る。
    「誰かが裏で手を引いてるってコト?」
     アルフィンも軽く首を傾げながら言う。
    「ああ,その可能性は高いな」
     ジョウが鼻を鳴らして答える。どうひいき目に見ても,さっきの男は首謀者には見えない。
    「だいたい間が抜けてるっていうか,ありえないよなぁ?目に付く武器だけ取り上げて安心してるなんてさ!」
     リッキーが大袈裟に呆れて見せた。
     そうなのだ。確かに腰のホルスターからはレイガンが抜き取られていたが,クラッシュジャケットはそのまま脱がされてはいなかったのだ。胸ポケットには光子弾と電磁メスがきちんと入っているし,そもそもアートフラッシュも一つ残らずジャケットに付いていた。
    「へへへ,違いねぇ。俺の”奥の手”も健在だしな」
     タロスが左手を掲げながらバカにしたように笑った。
    「…これからどうするの?」
     お気楽そうに笑う二人を後目に,アルフィンがジョウに尋ねる。
    「…そうだな,あの男はシャルアを交渉に使うと言っていたが…」
    「私はどうすれば良いのでしょうか」
     ジョウの台詞を受けて,シャルアが身を乗り出した。額のサークレットが不安げに揺れる。
    「………」
     肌寒い拘置所に重い沈黙が降りる。
     如何せん情報が無さ過ぎる。いくら多少の武器が残されてるとはいえ,クライアントの安全面を考慮に入れれば,強引な動きも自ずと制限されてくる。牢破りを決行した途端,蜂の巣になる可能性だってあるのだ。
    「…宇宙港で得た情報に寄れば,クーデターの勢力はセントラルタワービルに集結しつつあるという事だった。しかし,それにしては未だに声明文のひとつも寄こしてこないらしい」
     ジルが吟味するように,右手を口元に添えながら言う。
    「……それは,変だな」
     ジョウがぽつりと言った。
    「ああ,そうなんだ。どう考えても変なんだ」
     ジルの瞳がすっと細められる。長い睫が微かに揺れた。
    「変って…?何がどう変なのさ」
     リッキーが焦れたように訊く。
    「おまえなぁ…,クーデターって何のために起こすか知ってるか?」
     タロスが呆れたように言う。
    「えっ,そ,そりゃあ何か気に入らないコトがあって,それを何とかしてくれって頼んだのに,聞いてもらえなくて,で,だから力ずくで…とかいう感じじゃないの?」
     リッキーが戸惑いながらも真面目に答える。
    「えらく簡単な答えだが,…まぁそういうこった」
     タロスが口の端をつり上げて言う。
    「………」
     リッキーが眉間に深い皺を刻んで目を寄せる。何やら頭をフル回転させている様子である。
    「…あれ?ちょっと待って…。え?…えええっ!?ちょっと!ソレってオカシイよ!何をどうして欲しいっていう要求を聞いてもらえないから,実力行使に出るっていうのが”筋”だろう!?…なのに,何も言って来ないでイキナリ攻撃してくるのって…っ!!ええええええっ!そんなのただケンカ売ってるだけだろ!なんだよ,オカシイじゃん!」
     ぺしっ!
    「ぁ痛ぇっ!」
    「うるせぇ。だから”変だ”っつってんだろ?ぎゃあぎゃあ騒ぐなガキっ!」
     興奮して騒ぎ出したリッキーの頭をタロスが容赦なく叩く。
    「なんだよ思いっきり殴りやがって…!脳みそが揺れたじゃねぇかっ」
     リッキーが恥ずかしさを誤魔化すように,口を尖らせた。
    「けっ!てめえのお粗末な脳みそなんざ,ちょっとくらい刺激を与えてやった方が良いんだ。むしろ感謝しやがれっ」
    「でも頭を叩くと脳細胞が死ぬって言うぞ?」
     タロスのむちゃくちゃな理屈に,突然ジルが大真面目な口調で割って入る。
    「そ,そうだよ!まったく…!俺らがバカになったらタロスとアルフィンのせいだからなっ!」
    「え?あ,あたしぃ!?」
     いつもの口喧嘩,と聞き流していたアルフィンだったが,いきなり名前を呼ばれて思わず柳眉を逆立てる。
    「あーそういや殴ってたな,アルフィンも」
    「そうですね,2度ほど拝見しましたね」
     ジルだけでなく,シャルアまでさらっと証言する。
    「……!!」
     アルフィンは口を開いたものの,言葉が出てこない。ただただ白磁の頬を薔薇色に染めるだけである。
     うししししし…とリッキーが声を殺して笑った。
    「………おい。みんな真面目に考えろよ…」
     頭を抱えたまま,ジョウがうんざりと呟いた。

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■699 / inTopicNo.20)  Re[12]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/12(Wed) 11:30:07)
    ”…ジョウ。…ジョウ”
     遠いところで自分を呼ぶ声がする。
     誰だ…?
    ”ジョウっ”
     …親父?
     いや,違う…。これは…。
     
     重い瞼を無理やりこじ開ける。薄暗い視界の中に,大きな影が映る。頬と顎に刻まれた深い傷跡がやけに目に付く。せり出した額の影で双眸が鈍く光っている。
    「……タロス」
     ようやく言葉を発した声は,自分の物とは思えないほど不明瞭な唸りにしか聞こえなかった。舌がうまく動かない。
    「ジョウ,せっかくの熟睡中に申し訳ありやせんが,そろそろ起きる時間ですぜ」
     片頬を上げて,どこか冗談めかした口調でタロスが言った。
    「…熟睡なもんか。…くそっ頭が痛ぇ」
     徐々に意識がはっきりしてくる。ジョウは重い身体を無理やり起こそうと力を入れた。全身に鉛を流し込まれたような感覚である。腕を上げるだけでも,ひどく体力を消耗する。
     なんとか上体を起こし,立てた膝を抱えるように腕を回す。そのまま顔を伏せて,しばし呼吸を整える。
    「安物の催眠ガスを使いやがって…。悪酔いもイイトコですぜ」
     タロスがちっと舌打ちしながら愚痴った。
     とは言うものの,実はタロスは大してガスを吸っていない。
     身体のほとんどを機械化したタロスは,常人よりも無呼吸状態を維持できる。
     あの突然の襲撃の中で,タロスは相手に殺意が無いことを読みとっていた。小型ミサイルを運転席を狙って打ち込んだこと。そして催眠ガス。
     最初から全員殺すつもりなら,車ごと大型のミサイルで吹っ飛ばせば良いのだ。わざわざ眠らせて拉致するなど,はっきり言って手間である。向こうに殺す意図が無い事は明らかであった。
     だからあの後,襲撃者達がリムジンに乗り込んできた時も,タロスは眠っているフリをしていた。ガスを吸って意識を失っている5人を庇いながら,敵に反撃するのは難しい。相手に殺意が無いならば,このまま黙って様子を窺っていた方が得策だ。
     無論,敵が生け捕りにしたい人間が今回のクライアントだけで,その他の人間はその場で射殺するなどという行動に移る可能性もあった。その可能性が現実になる怖れがある以上,やはりタロスは意識を失うわけにはいかなかったのだ。
     いつでも反撃できる体勢と意識を維持しつつ,表向きは完全に無力化された人間のように振る舞いながら,タロスはここまで運ばれてきたのである。
     幸い,襲撃者達は時間を惜しんだのか,一度リムジンに乗り込んで全員の昏倒を確認すると,そのまま大破したリムジンを,用意してあったらしい大型トレーラーに積み込んで走り出した。その後,目的地に到着すると,武器を取り上げた上で,全員まとめてこの部屋に投げ込んだのである。
     タロスはガスの効果がそれ程長く続かないであろうと予測していた。それ故,皆が自然に目を覚ますのをただ黙って待っていたのだが,ジョウが覚醒する気配を見せたので,名前を呼んでそれを促したのだ。

    「…あれからどれくらいの時間が経過したんだ?」
     ジョウが記憶を探るように顔をしかめながら言った。
    「リムジンが襲われてからだと,ざっと3時間程度でさぁ。…この部屋にぶち込まれてからは2時間弱ってトコですかねぇ」
     タロスがどこかのんびりとした口調で答える。
    「そうか…,もうそんなに経ったのか」
     ジョウは改めて室内を見回す。
     簡易の拘置所のような作りになっている。無機質な壁に,取って付けたような鉄格子。広さ的には<ミネルバ>のリビングルームの半分というところか。
     リノリウムの冷たい床には4人が並ぶように眠っている。きちんと姿勢が整えられているのはタロスの仕業だろう。
    「あの襲撃の時と,ここに投げ込まれた時とに打撲の跡くらいは付いちまったかもしれませんが,特に外傷はありませんぜ。…まぁガスのせいで多少頭痛や倦怠感は残ると思いますがね」
     タロスがジョウの懸念を先読みして言った。
    「…この頭痛が”多少”とは思えないけどな…」
     ジョウが盛大に顔をしかめて舌打ちした。
    「ジョウは往生際が悪かったんでさぁ。コイツらみたいにとっとと意識を手放してりゃ,吸い込むガスの量も少しで済んだってモンですぜ?」
     へへへとタロスが笑いながら言った。
     ジョウが憮然とした面持ちになる。
    「くしゅんっ」
     可愛らしいクシャミの後に,小さな呻り声が続いた。
     ジョウは腰を落としたまま腕と脚を使って移動する。まだ立ち上がるには身体がツラい。
    「アルフィン」
     ジョウの呼び掛けに,長い睫が小さく震える。ゆっくりと開いた瞼の奥から,宝石のような青い瞳が現れた。まだ焦点が定まらない。
    「………ジョウ?」
     ようやく小さい声を絞り出す。
    「ああ。…大丈夫か?」
     ジョウの問いかけに,アルフィンは数秒考え込むような素振りを見せた。まだ完全に意識がはっきりしないのだろう。ジョウが手を伸ばして,白い頬に掛かる金髪を整えてやる。触れた頬は随分冷たい。途端にアルフィンはぷるるっと小さく身震いした。
    「…ずいぶん寒いのね」
     アルフィンはゆっくりと上体を起こした。いくらクラッシュジャケットを着ているとはいえ,冷たい床の上で長時間眠っていたのではさすがに体温を奪われる。
    「あ痛たたたっ…」
     今度はリッキーが頭を押さえながら起き出した。
    「うー,頭痛ぇ。…ここどこなんだよぉ?」
    「なんだぁ?まーだ寝惚けてんのかぁ?」
     タロスがわざとらしく呆れた声を出す。
    「あたしたち,どうなったの?」
     アルフィンが不安げに尋ねる。
     ジルとシャルアもほぼ同時に目覚めていた。ジルはシャルアの身体を支えるようにして,寄り添うように座り直す。
    「どうやら拉致されたようなんだが…。相手は今回の騒動を起こしたヤツらだと考えるのが妥当だろうな…」
     ジョウが考える素振りを見せながら,独り言のように言った。
    「まぁ確かに,このまま何事もなくジェナんトコに送り届けられるくらいなら,わざわざ俺達にお呼びが掛かるわきゃねぇよなぁ…」
     タロスは動じた様子も無く,むしろ当然だと言わんばかりの口調だ。
    「しっ…!」
     ジョウが鋭く声を飛ばす。
     何者かが近付いて来る足音が聞こえた。
     シャルアは脅えたようにジルの上着を掴んだ。ジルは安心させるようにシャルアの肩を抱いてやる。
     アルフィンとリッキーが二人を挟むようにして身構える。
     ジョウは近付いてくる複数の足音に神経を集中する。自然に眼光が鋭いものになる。ひどい頭痛ももはや意識の外である。
     タロスは一番奥の位置にいたが,油断無く右手で左手を握った。いつでも手首を外せるように。

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