| 「うわぁ!すごいすごい!ねぇ見てよ,ほらぁ!」 アルフィンの弾んだ声が室内に響く。 「うひゃーこりゃスゴいなぁ…!」 リッキーも目を丸くして窓に張り付いている。
ここは惑星ノルトである。 ノルトは恒星ユーデンからなる太陽系国家を構成する惑星のひとつであり,巨大なアミューズメント施設がある事で知られている。 惑星開発にあたっての初期調査で,ノルトには有益な資源もなく,また土地もやせており農業にも不向きという結果が出たため,当初から観光産業で経済を成り立たせることを目的とした開発が為されたのである。 ノルトで一番大きなシノワ大陸は,カジノを中心としたエンターテイメント都市国家として発展を遂げていた。 一般的にギャンブルの街といえば治安的な不安がつきものであるが,シノワ大陸では一般の観光客が訪れるメインエリアとマフィアがのさばるダウンタウンエリアとの完全な住み分けが為されているため,大きなトラブルは発生していなかった。 実はシノワ大陸での企業長者番付のトップであるフィリオ・ウーラルは,マフィアのボスであると同時に,ホテルやカジノ,航空会社やTV局までも経営する一大企業グループを築き上げた実業家の一面も有していた。 メインエリアとダウンタウンエリアの不可侵協定も彼によって定められたのである。 ”フィリオ帝国”と言っても過言ではないシノワ大陸は,マフィアのボスである彼によって平和を保たれているのである。 その事を象徴するように,メインエリアの中心街は彼の名前にあやかって,フィリオーネと名付けられている。
今回ジョウ達が滞在するホテルもフィリオグループの系列であり,シノワ大陸の中でも最高級のものであった。 ジョウ達はつい一昨日,ひとつの仕事を終えたばかりである。 その仕事が予想より早く片づいたので,次のクライアントとの約束まで,わずか3日間ではあるが余白の時間が出来た。 すると,今回のクライアントが気を利かせ,ジョウ達のためにこのホテルを紹介してくれたのである。 クライアントは件のフィリオ・ウーラルとビジネス上での繋がりがあったため,コネを使えば,容易にホテルの部屋を押さえることが出来たのだ。 最初は,近くのリゾート惑星で時間を潰すつもりだったのだが,クライアントからフィリオーネの話を聞かされたジョウ達は,即座に予定を変更することにした。 多少アシを伸ばすことにはなるが,カジノを中心とする数々のエンターテイメント,昼夜を問わず行われる様々なショーや多彩なアトラクション,たくさんのショッピングセンター,まさに24時間眠らない不夜城の魅力には抗しがたいものがあったのである。 加えて,テラの習慣になぞらえたクリスマスのイベントが来月に控えているという事情から,今が一番フィリオーネが盛り上がっている時期である,という事も大きく影響した。 特にアルフィンに。 やはりクリスマスのイベントは女の子にとっては重要なのである。 クライアントの紹介もあって,ジョウ達に用意された部屋は豪華としか言いようのないものであった。そして何よりも最上階のスイートから見下ろす街並みは圧巻であり,先程のアルフィンとリッキーの歓声が飛び出した訳である。 ちょうど日が落ち始めた頃合いで,ストリートにひしめく派手派手しいネオンサインが一層輝きを強めている。 完全に夜になればさらに鮮やかな色彩を放ち,昼間の太陽光に負けないくらいの明るさで街を彩る事だろう。 まさに光の宝石箱といった様相だ。
「高いとこから眺める景色なんて見慣れてるだろうよ?普段は<ミネルバ>でもっと高い位置から見下してるじゃねぇか」 タロスが呆れたように言う。 「いやあね!タロスったらちっともロマンチックじゃないんだから!」 「ホントだよ!これだから夢のないおっさんはイヤなんだよなー!」 すぐさま若い二人のクラッシャーから抗議の声が上がる。 「っけ!るせーや。俺はオトナだからガキみたいに浮かれたりしねーんだよ!」 タロスも負けじと大袈裟に渋面を作る。 「その割にえらく気合いの入った格好じゃないか」 「え…!イヤ別に…これは…っ!!」 思いがけずジョウにつっこまれ,あからさまにタロスが動揺する。 いつものクラッシュジャケットではなく,くしゃっとした風合いのしゃれたツイードジャケットを羽織った今日のタロスである。 「はーん。ホントだー」 「なんだか妙に気取った歩き方してると思ったのよねー」 途端にリッキーとアルフィンがにやにやとした笑みを浮かべる。 「ば,ばかやろっ,これはほらアレだ,カジノでの礼儀みたいなもんで…っ」 オタオタと言い訳をするタロスの普段は青白い顔がほんのり上気している。先程まで伸びていた背筋もすっかり元の猫背に戻ってしまった。 「いいのよタロス。オシャレするキモチがあるって事は若い証拠なんだからっ」 ぱしっとタロスの猫背を叩いてアルフィンがうふふと笑う。 「………ジョウ,恨みますぜ」 タロスが恨めしそうな顔でジョウを見る。 「いいじゃないかタロス。よく似合ってるぜ」 ウィンクひとつ決めてジョウもにやりと笑う。 それを見てリッキーがさらに爆笑する。 途端にタロスの拳が飛んできた。 「痛ぇっ!!」 リッキーがその場にうずくまる。ひでぇや…と涙目になっている。 「うっせーこのタコっ」 赤い顔をして湯気でも上げそうな様子のタロスの方がよっぽどタコっぽいわよね…とアルフィンは思ったけれど,とりあえず口には出さなかった。 同じ事を考えたらしいジョウと目が合って,お互い苦笑いを浮かべただけで止めておいた。とばっちりはリッキーだけで充分だ。 「それより,これからどうする?夕飯の時間にはまだ少し早いようだが」 気を取り直したようにジョウが切り出した。 このホテルの専用送迎リムジンの中でお茶と軽食のサービスを受けたため,確かにまだ空腹感はない。 「あたし散歩がてら街を散策したいわ」 アルフィンがホテルのフロントで貰ったガイドブックを手に目を輝かせて言う。 「えー!俺らは早くカジノで遊びたいよ」 リッキーがすぐさまブーイングを出す。 「何言ってんのよ!たった3日間の滞在なのよ?まずは街の雰囲気を掴むのが先決でしょう?ストリートでも色んなアトラクションが見られるし」 アルフィンの美しい柳眉がきりりと吊り上がる。 「ばっかだなー!まずカジノで稼いでから遊びに行った方が愉しいに決まってんじゃないか!」 リッキーも負けてはいない。 「ああもう止めろ止めろ!」 火花を散らす二人にタロスが待ったをかける。 「俺もまずはカジノで一稼ぎしたいんでね,ここは二手に分かれるってのはどうだ?」 タロスの提案にリッキーが真っ先に反応する。 「そりゃあいい!そうしようぜ!俺とタロスはカジノに直行するから,兄貴とアルフィンは散歩でもなんでもしてくればいいよ!」 「え!おいおい勝手に決めるなよ!」 自動的に散歩組にされたジョウが慌てたように抗議する。 「………ジョウもカジノの方がいいの?」 いつもよりトーンを落としたアルフィンの声に,ジョウがぎくりと振り返る。 怒っているような,或いは泣き出しそうな複雑な表情でアルフィンがジョウを上目遣いに見つめている。 「………いや,散歩でいい…」 「散歩『で』いい?」 アルフィンがずいっと詰め寄る。 「散歩『が』いい……かな」 はははっと意味もなく乾いた笑いを浮かべてジョウが両手を挙げた。降参である。 「んじゃ,そういう事で。まぁ何かあったら連絡するけど,基本的には自由行動だね」 リッキーの心は既にカジノへと飛んでいる。今にも走り出しそうな様子だ。 「夕飯もお互い適当に済ませましょうぜ。この部屋のカードキーはそれぞれ持ってるわけだし,ヘタに約束するより当面は好き勝手に動いた方がよくないですか?」 タロスがジョウに提案する。 「ああ,それもそうだな。約束して時間を気にするより,そっちの方が気楽か…。だが,とりあえず通信機は常に携帯するようにしろよ。お互い連絡が取れない状態にはしないようにしよう」 ジョウが最後にリーダーらしくしめた。 「ところでジョウ」 ふいにタロスがジョウに近付いてきた。 「なんだタロス」 タロスは問い返すジョウの耳に顔を近付けて,他の二人には聞こえないようにぼそりと言った。 「アルフィンと二人で別の場所に泊まってきてもいいですぜ?」 「………!!タロスっ!!」 真っ赤になってジョウが怒鳴った時には,タロスはリッキーの頭を小突きながらドアの向こうに消えることころであった。 「どうしたの?ジョウ」 アルフィンが不思議そうに小首を傾げる。 「……なんでもない」 思わぬタロスの仕返しに,ジョウはまともにアルフィンの顔を見られない。 「俺達も行こう」 これ以上問い詰められるのは勘弁したかったので,ジョウはアルフィンの手を取って,半ば強引に歩き出した。
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