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■789 / inTopicNo.21)  Re[20]: 『D』
  
□投稿者/ まき -(2004/11/23(Tue) 06:08:23)
    「レオルゴ・シーパス?」
     アルフィンは口の中で転がすように,その名前を復唱する。
    「そうだ。あの坊主はシーパス一家の跡取り息子さ」
     吐き捨てるように成金男が言う。
    「あいつの親父と俺は昔から因縁があってな,若い頃から何かといえば対立してたのさ。まぁそれでも,ここはフィリオ・ウーラルの統制が厳しいからな,それほど表だってはやり合うことも無かった。…それに対立してたっていっても,俺達はライバル同士っていう間柄で,そこにどろどろした憎悪があったわけじゃねぇ。その証拠に俺の妹がダカルに嫁いで義兄弟の契りを交わした過去もある」
     昔を振り返るように遠くを見つめながら成金男が続ける。
     ダカルというのが少年の父親の名前なのだろう。
    (あのコがマフィアの跡取り息子…)
     少年の可愛らしい顔を思い浮かべながらアルフィンは少なからず衝撃を受ける。
    「ところが,だ…!」
     突然声を大にした成金男に,アルフィンはハッと顔を上げた。
    「あのババァが現れてから,全てがおかしくなり始めた」
     成金男の顔が怒りによって赤黒く変色する。
    「…ババァって?」
     アルフィンが尋ねる。興奮してきたのか,成金男の目がぎらぎらと剣呑な光を帯び始めている。
    「モーリアだ!ダカルのオンナさ!あの坊主の母親だ!」
     怒りを含んだ声で吐き捨てる。
    「…別に愛人の一人や二人作ったところでどうって事ぁないが,あのババァはやりすぎた」
    (どうって事あるわよ…っ)
     アルフィンは妙なところで反発する。
    「あのババァが現れる少し前,俺の妹が死んだ。…16年前の事だ」
     思わずアルフィンが成金男の顔を見る。
     男は込み上げる感情を抑えるように厳つい眉をぎゅっとしかめていた。
    「ダカルと妹の間にはバリーニっていう一人息子がいた。あのババァはバリーニの継母ってぇ事で,うまく後妻に収まりやがった」
     悔しさを滲ませて,成金男の声が微かに湿り気を帯びる。
    「やがてあの坊主,レオルゴが産まれた。そん時ぁ,バリーニはまだ3つだった。俺には子どもがいねぇから甥っ子のバリーニを養子にくれって頼んだ。ダカルの奴ぁ渋ったが,モーリアは大喜びで差し出して来やがった」
     それは当然だろう。自分に息子が出来た以上,バリーニの存在は邪魔になる。血の繋がった我が子を跡取りに,と願う気持ちはもっともだ。
     成金男にしても血縁者を後継者に育てたいという思いがあったのだろうし,この養子縁組はむしろ自然の成り行きと言えるだろう。
    「ところが,だ」
     成金男の声が突然低いトーンに落ちる。地の底を這うような声だ。
     思わずアルフィンはぶるっと身震いする。
    「2ヶ月前,ダカルが事故に遭って死んじまいやがった」
     アルフィンがはっと目を見張る。成金男の身体から怒りのオーラが出ているのが見えるような気がした。
    「…思えば,アン時に嫌な予感がしてたんだ」
     成金男がぎゅっと拳を握る。たくさん付けている指輪がぎらりと光った。
    「あのババァ,俺の…俺のバリーニを殺しやがったんだ!」
     ばんっ!とソファの肘掛けを叩きつけて,成金男が吠えた。
     びくりとアルフィンが首をすくめる。
    「アイツはレオルゴを唯一のボスに仕立て上げるのに必死だった。ダカルの血を引いているバリーニの存在が許せなかったんだ!」
     シーパス一家は突然のボスの死去に騒然となった。当然息子のレオルゴが後継者として祭り上げられるハズだった。
     ところが,養子に出したとはいえ,ダカルの血を引いている息子がもう一人いる。しかも長子だ。
     日頃からモーリアに反発していたシーパス一家の数人は,レオルゴよりバリーニをボスにするべきだと主張し始めた。
    「…そんな。レオルゴのお母さんが殺したって証拠があるの?」
     アルフィンが慎重に質問する。
    「ああ。証拠はあがってる。それに…16年前に妹が死んだのも,ダカルの事故も,全てあのオンナが仕組んだ事だってことも判明したんだ!」
     思わずアルフィンは絶句する。
     ダカルに取り入るため,成金男の妹を殺害。何かと組織に口出しする事を日頃から諫められていた腹いせにダカルを殺害。一家の中で持ち上がったバリーニ後継者説を払拭するためにバリーニを殺害。
     成金男はそう言った。
    「……だから?」
     アルフィンはまだ信じられないような表情で尋ねる。口の中が乾いて掠れた声になる。
    「だから,レオルゴを狙うの?レオルゴをどうするの?あのコは悪くないじゃないっ!」
     アルフィンのセリフは加速していく。最後はほとんど叫び声になっていた。
    「そのセリフはそっくりそのままあのババァに言ってやれっ!」
     即座に怒鳴り返すと,男は立ち上がってアルフィンの傍に歩いてきた。
     アルフィンの身体が強張る。しかし瞳は鋭く男を睨みつけている。
     男がぐいとアルフィンの頭を掴んだ。そのまま無理やり立たせる。
     片方のヒールが折れたブーツではうまくバランスが取れない。足下がおぼつかず,髪がひっぱられる痛みにアルフィンは顔をしかめる。
    「俺のバリーニだってなぁ,何にも悪い事ぁしてねぇんだよ。あいつらのお家騒動なんて知ったこっちゃ無いんだ」
     ぎらつく顔を近付けて男が凄みをきかせて言う。
    「やられたらやり返す。それのどこが悪いっ」
     ぶんっと乱暴にアルフィンの頭を投げた。
    「きゃっ」
     上半身を縛られているアルフィンは受け身を取ることも出来ず,そのまま無防備に床に投げ出された。
     絨毯が敷いてあるとはいえ,衝撃と痛みに思わず息が詰まる。
    「先月確かにアイツを車で轢いたんだが,運のいいことに生きてやがった」
     忌々しげに男が言う。
    「しかし今度こそあのババァに復習するチャンスだ。アイツの目の前でレオルゴの奴をじわじわとなぶり殺してやる」
     残忍な笑みを浮かべながら,男は不気味な声で笑った。
     ようやくアルフィンの中で話が繋がった。
     その時のショックで少年は記憶を失ったという事か。
     それではあの少年は病院から抜け出してきたのだろうか。
     アルフィンが思考を巡らせていると,にわかに部屋の外から慌ただしい気配が伝わってきた。
     コンコンコンっ!!と乱暴にドアがノックされる。
    「ボス!奴が来ました!」
     ドア越しにくぐもった声が聞こえた。
    「!」
     アルフィンの顔が青ざめる。
    「来たか…」
     成金男は爬虫類を思わせるような,ねっとりとした笑みを浮かべた。

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■790 / inTopicNo.22)  Re[21]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/24(Wed) 05:08:08)
    「あれか?」
     ハンドルを握るジョウが呟くように言った。
    「ええ,そうよ」
     後部シートから答えたのはマーラだった。
     彼女は,危険だからと止めるジョウ達に耳を貸さず,案内役と称して付いてきたのだ。
     しかも,少年の話には自分がいた方が良いからと必死に訴えた。そんなマーラを無理に置いてくる事がジョウ達には出来なかったのである。
     道中明かされた少年の正体に,車中の空気はどんよりと重たいものになっていた。
    「どうします?このまま車で突っ込みますか?」
     助手席のタロスがさらりと物騒なことを言う。
    「いや,ヘタに刺激してアルフィンを危険に晒すわけにはいかない。ここは慎重に交渉しよう」
     ジョウが乾いた唇を湿らせながら言った。
    「ジョウ,僕ひとりで行くよ」
     少年がひょっこりと後部シートから顔を覗かせる。
    「ばか。そんな訳にいくか」
     ジョウがすぐさま却下する。
    「だって元を質せば僕が原因なんだし,ヤツらの狙いは僕ひとりなんだよ?ちゃんと僕がアルフィンを返して貰えるよう話すから」
    「しつこい」
     なおも食い下がる少年の頭をジョウは前を向いたまま裏拳で小突く。
     えー,と少年が口を尖らせる。実に不満そうだ。
    「ダメダメ。アルフィンを助けるのは兄貴でなくっちゃ!お姫様を救うのは王子様って相場が決まってるんだからっ」
     うししと笑いながら,リッキーがふざけて言う。
    「……そういうモンなの?」
    「そういうモンなの!」
     胡散臭そうに聞き返す少年に,リッキーがきっぱりと応える。
    「おいちょっとリッキー」
     運転席からジョウが呼ぶ。
    「何?兄貴」
     シートの間から顔を出したリッキーに,ジョウの裏拳が容赦なく飛んできた。
    「痛っ!」
     額を抑えてリッキーがシートに沈み込む。
    「……ばーか」
     助手席のタロスがぼそりと呟いた。
     さっきまでの重たい空気が少しだけ和らいだ。

    「みんなでまとまって動こう。いざとなったら武器もあるし,俺達はクラッシュジャケットを着ているからな」
     車を止めるとジョウがそう言った。一応銃はホルスターにしまってある。
    「俺はコイツを,タロスはマーラを守るんだ」
     ジョウが少年の頭に手を置きながら指示を出す。少年がくすぐったそうに首をすくめた。
    「へい」
     タロスは返事をしてマーラを近くに呼び寄せる。
    「でも…」
     マーラが戸惑った声でタロスを見上げる。グレーの瞳は何かもの言いたげに揺れている。
    「リーダーの命令は絶対だ」
     タロスが不器用にウィンクして,口の片端を持ち上げた。
    「うえ〜」
     リッキーが大袈裟に顔を歪めた。
    「このタコっ!」
     気恥ずかしさを誤魔化すようにタロスがリッキーの頭を殴りつける。
     しかし今度はするりとかわした。
    「へへーん!そう何度も殴られてたまるもんか!」
     得意げに胸を張る。
     が,すでにジョウ達は歩き出していた。
    「わわわっ!ちょ,ちょっと待ってよ!俺らを置いてかないでくれよ!」
     慌ててリッキーが小走りに追い掛ける。       
    「ちぇっ!しまらないなぁ…!」

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■791 / inTopicNo.23)  Re[22]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/24(Wed) 05:17:40)
     建物の中は異様な殺気に包まれていた。
     あちこちに黒いスーツの男達が散らばっている。
     空気の密度が濃い。
     絡み付く殺気立つ視線がプレッシャーとなってジョウ達の歩みを妨げようとする。
     ピンと張りつめた緊張感の中,靴音だけが空虚に響く。
     雰囲気に圧されたマーラが軽くふらつく。
     すかさずタロスが手を伸ばし肩を抱き寄せる。大丈夫だと言わんばかりにマーラの華奢な肩をぐっと掴む。
     ジョウは隣を歩く少年をちらりと見る。
     女の子と見間違うような可愛らしい白い顔が,臆することなく前を見据えている。
    (長い睫毛だなぁ)
     ふとどうでも良いことに気付く。
     視線を感じたのかふいに少年がジョウを見上げた。目が合う。
    「どうかした?」
     にこりと笑って少年が訊く。
    「いや…。なんでもない」
     怖くないのか?一瞬そう尋ねようとして,やはり思いとどまる。
    「…そう?」
     少年は変なのと言って,また前を向いた。
     艶やかな黒髪がさらさらと揺れるのを,ジョウは複雑な思いで見た。


     長すぎる廊下にうんざりし始めた頃,ようやく会談の部屋に辿り着いた。
    「ジョウっ!!」
     アルフィンの声が響いた。
    「アルフィン!」
     はっとしてジョウも思わず名前を呼ぶ。
     アルフィンは上半身を縛られた状態で両脇から男達に抱えられていた。例の車に乗っていた男達だ。
     アルフィンの金髪が少し乱れているが,他に外傷などは無いようだ。ひとまずジョウは胸を撫で下ろした。
    「ようこそレオルゴ。そしてクラッシャーの諸君」
     アルフィンの隣にいる大柄な男が鷹揚に口を開いた。
    「お前がゴルデラ・ラスケイルか」
     ジョウがぎろりと睨みつけながら確認する。
    「いかにも」
     そういうと成金男,ゴルデラ・ラスケイルはにんまりといやらしい笑みを浮かべた。
    「アルフィンを放せ!」
     ジョウが怒りを含んだ声で叫ぶ。
    「いいとも。すぐにでもキミ達に返してあげよう」
     機嫌良くゴルデラが笑う。
    「ただし,そこにいるレオルゴと交換だ」
     じっとりと少年を見据えながらゴルデラがゆっくりと言った。
    「僕がおじさんのところへ行ったら,アルフィンやここにいるみんなを無事に帰してくれる?それなら僕,行っても良いよ」
     少年が平然と言い放つ。
     アルフィンはぎょっとして少年の顔を見た。
     少年はにこにこと無邪気に笑っている。
    「おい」
     ジョウが少年の肩を掴んで眉をしかめる。
     そんな段取りは打ち合わせていない。
    「大丈夫だよ,ジョウ。きっとアルフィンは無事に取り戻せる」
     瞳に力を込めて少年がジョウに言う。
    「ばか。だからって…それじゃオマエが危険過ぎる」
     ジョウが内心の動揺を隠しながら低く叱りつける。
    「だから,大丈夫なんだってば。だって,僕は」
    「わははははっ!良い度胸だな,レオルゴ!」
     弾かれたようにゴルデラが大声で笑う。
     傍にいるアルフィンは思いっきり不愉快な顔を作る。
     ジョウと少年の話も中断される。
    「いいだろう。オマエのその心意気に免じて他のヤツらに手出しはしない。とっととこっちへ歩いて来い!」
     恫喝めいた口調でゴルデラが喚く。
    「じゃあアルフィンもこちらへ歩かせてよ。ちゃんと取引しようよ」
     臆することなく少年は堂々と要求する。
    「っけ!生意気な口叩きやがって…。おい,そのオンナを放してやれ」
     憎々しげに顔を歪めたものの,ゴルデラはアルフィンを捉えている男達に命令した。
    「ジョウ。アルフィンがこっちに来たら,すぐに脱出して。あいつらは信用ならないから」
     少年は小声で素早くジョウに言う。
    「だからそれじゃ」
    「ジョウ」
     ジョウの抗議を少年は制する。
    「僕は,『D』だって言ったろ?」
     小声だが,毅然とした口調で少年は言った。そしてするりと歩き出した。


     アルフィンは両腕を放されたものの,どうしたらよいのか戸惑っていた。
     少年は既にこちらへ向かって歩き出している。
    (ジョウ…!)
     アルフィンは救いを求めるように,ジョウの顔を見た。
     ジョウは苦渋に満ちた表情をしていたが,それでもアルフィンと目が合うと,しっかりと頷いた。
     ようやくアルフィンが歩き始める。片方ヒールの取れたブーツは歩きにくい事この上ないが,文句は言ってられない。転ばないよう慎重になりながら,ひょこひょこと歩いた。
     少年とアルフィンの距離が近付いてくる。
     アルフィンは少年の瞳を見ている。
     少年もアルフィンの瞳を見ている。
     少年の瞳に浮かんだ感情をアルフィンは読みとれない。
     すれ違う一瞬。
    「ごめんね」
     少年がひとこと呟いた。
     アルフィンが思わず振り返る。
    「アルフィン」
     立ち止まってしまったアルフィンをジョウが呼ぶ。
    (でも…)
     アルフィンが目で訴えるがジョウは黙って首を振った。

     少年がゴルデラの元へ到達する前に,アルフィンがジョウ達の元へと辿り着いた。
    「大丈夫か?」
     ジョウがアルフィンを抱き締めるようにして無事を確認すると,電磁メスで縄を解いてやる。
    「うん。でも…」
     アルフィンが振り返った時,ちょうど少年がゴルデラに腕を掴まれたところだった。
     にやりとゴルデラの顔が醜く歪んだ。
    「そいつらを始末しろ」
     無感動に命令した。

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■792 / inTopicNo.24)  Re[23]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/24(Wed) 05:30:13)
     一気にその場の空気が動いた。
     少年が驚愕に目を見開いた。
    「タロス!リッキー!」
     同時にジョウが叫んだ。背中にアルフィンを庇いながらレイガンを構える。
     タロスとリッキーはマーラを背中で挟んで立つ。
     リッキーはアートフラッシュを素早く投げる。
     タロスはいつの間にか剥き出しにしていた左腕の機銃を容赦なくぶっ放す。
     思わぬ反撃にラスケイル一家のマフィア達が騒然となる。
     そこは一瞬後に戦場と化した。
     
    「クラッシャーにケンカを売るって事がどういう事か思い知らせてやるぜ!」
     ジョウが盛大にレイガンを乱射しながら怒鳴る。
     ジョウの背後でアルフィンも応戦する。いつの間にかタロスのレイガンを拝借している。
     しかしアルフィンはクラッシュジャケットを着ていない分,動きが制限されてしまう。普通の服では撃たれたらアウトだ。
     アルフィンは不本意ながら,ジョウを盾にしながら援護射撃を繰り返していた。
    「きゃっ」
    「うっ」
     マーラの悲鳴とタロスの呻きが同時に起こる。思わずリッキーが振り返る。
    「タロス!?」
    「けっ大丈夫だよ!ほんの流れ弾だ。クラッシュジャケットが弾いたよ!テメエは自分の前だけに集中してな!」
     振り返りもせずタロスが怒鳴る。
    「へん!タロスの事なんか心配してないよ!マーラをケガさせたら許さないからなぁ!」
     リッキーも負けじと怒鳴り返した。
    「このタコ!そんなヘマ,するワケねぇだろっ!」
     こんな時でも二人の口喧嘩は健在だ。互いの背中にマーラを挟んでやり合っている。
    「マーラ,大丈夫だったか?」
     タロスが背中に問う。
    「ええ,あなたが庇ってくれたから…」
     マーラが狼狽えながら返事をする。
    「そうか。ならいい。ちゃんと俺の背中に隠れてろよ!」
     タロスが機銃を連射しながら轟音の中で怒鳴る。
    「タロス…!私なんか庇わなくても良いのよ!私は少しくらい」
    「ダメだ!」
     タロスはマーラに最後まで言わせない。
    「美人に傷がつくのは見たくねぇ!アンタはちゃんと俺が守る!そう約束したろ?」
    「うひゃあっ!タロス格好いいねぇっ!俺ら赤面しちゃうようっ!」
     リッキーが大声で冷やかした。
    「うっせぇ!このタコっ!撃ち殺すぞ!」
     真っ赤になりながらタロスが物騒なセリフを吐く。
     マーラはタロスの大きな背中にしがみついた。
    「さあどんどんかかって来やがれっ!!」
     タロスはにやりと笑って再び機銃をぶっ放した。

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■793 / inTopicNo.25)  Re[24]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/24(Wed) 05:36:15)
     みるみる手下がやられていく様を,ゴルデラは呆然と見つめていた。
    (そんな,馬鹿な…)
     まるで悪夢を見ているようだった。
     アートフラッシュによる発火で建物のあちこちから炎が上がっている。建物全体が焼け崩れるのも時間の問題であろう。
    (始末しろと指示を出してから,まだ4,5分しか経っていないハズだろう…?)
    ”ぱしっ!”
    「!?」
     不意に右肩が跳ね飛ばされるような衝撃を受けた。直後に火で焼かれるような痛みがゴルデラを襲う。
    「う…!」
    (撃たれた!)
     反射的に撃たれた肩を左腕で押さえる。肉の焼ける嫌な匂いに吐き気が込み上げる。
    「今だ!来いっ!」
     ゴルデラを撃ったジョウが叫ぶ。
     少年を掴んでいたゴルデラの手は外れている。
    「うんっ」
     少年は素早く反応して走り出す。
    「ち…きし蛯、っ!!!」
     ゴルデラの顔が怒りで赤黒く変色する。
    「ぐおおおっ!」
     言葉にならない雄叫びを上げながら,胸元から銃を取り出して構えた。
    「レオルゴっ!」
     アルフィンが悲鳴のように叫ぶ。
     次の瞬間,少年の身体が弾かれたように飛んだ。
     同時にジョウが放った光線がゴルデラの胸を貫いた。
    ”だんっ!”
     音を立てて少年の身体が床に投げ出される。
    「レオルゴ!!」
     アルフィンがジョウの背中から飛び出して駆け寄ろうとする。しかし壊れたブーツのせいですぐに転倒してしまった。それでもアルフィンは這いずるようにして少年の元へと急ぐ。
     ジョウは無防備なアルフィンを守るべくひたすら銃を乱射した。
    「レオルゴ!」
     ようやく少年の元へ辿り着いたアルフィンが,慌てて抱き起こす。
    「!?」
     アルフィンの腕にずしりと重みが加わる。そして…。
    「見ないで」
     少年が小さい声で訴える。
    「あなた…」
     アルフィンの唇が微かに震える。
     少年がゆっくりとアルフィンの腕から逃れる。ひじを突き,上半身を起こす。そして,ゆらりと立ち上がった。
     アルフィンは無意識のうちに,その動きを目で追っている。
     少年の顔は上を向いている。まるで涙が零れるのを抑えるように。
     しかし,少年の目から涙が溢れ出すことはあり得ないのだ。
     絶対に。


     いつの間にか,銃撃は止んでいた。
     部屋中に血と煙の匂いが充満している。
    「ひとまずここから脱出するぞ」
     ふいにアルフィンのすぐ傍でジョウの声が聞こえた。
    「アルフィン」
     名前を呼ばれて,ようやくアルフィンはジョウの顔を見上げる。
    「立てるか?」
     切迫する状況の中で,何故かジョウの声が優しい。
    「…うん」
     こくんと頷いて,ジョウの手を借りながらアルフィンがゆっくりと立ち上がる。
    「お前も,行くぞ」
     ジョウはついでのように少年の頭に手を置き,促した。
    「うん」
     アルフィンと同じように少年も小さく頷いた。
     3人は連れ立って歩き出した。
     少年は自分の左肩にそっと手を這わせる。ゴルデラに撃たれたところだ。
    「…大丈夫?」
     アルフィンがそっと尋ねる。
    「…うん。大丈夫だよ。驚いたでしょ」
     えへへと少年が恥ずかしそうに笑った。
     少年の肩は皮膚が黒く焼けただれ,一部が炭化していた。その奥に覗く金属が鉛色の鈍い光を反射していた。

引用投稿 削除キー/
■794 / inTopicNo.26)  Re[25]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/25(Thu) 05:15:56)
     ゴルデラの屋敷がごうごうと燃えている。
     真夜中の空を明るく染めながらオレンジ色の炎が盛大に躍っている。
     消防用の緊急車両がその周りを取り囲んで消火活動にあたっている。
     ジョウ達は少し離れたところで,その光景を見ていた。
    「僕はアンドロイドなんだ」
     少年はアルフィンに話しかける。ジョウ達には車の中で既に打ち明けた内容だ。
     アルフィンは黙って聞いている。
    「惑星ノルトではね,アンドロイドとかヒューマノイドとかって呼ばれるロボットの開発も盛んに行われているんだ」
     少年はまるで他人事のように淡々と話す。
    「あそこで消火活動をしてる人達の中で防火服を着ていない人が何人かいるでしょ?あれもアンドロイドだよ。ここでは『L』タイプと呼ばれている労働作業用のアンドロイドなんだ」
     すっと腕を伸ばし,指さして言う。
    「『Labor』の頭文字を取って『L』。単純でしょ?」
     くすりと笑う。
    「僕は『D』タイプのアンドロイドなんだよ」
     少年は,ついでのようにさらりと言う。
    「『D』…?」
     それは何の頭文字なのか,アルフィンは無意識に考える。
     アルフィンの疑問に応えたのは少年ではなかった。
    「『D』タイプには2種類あるの。『DO』と『DU』。『Doll』と『Dummy』。…私は『DO』でその子は『DU』よ」
     アルフィンが振り返る。
     オレンジ色の派手なウェーブの長い髪をなびかせながら,美女がぽつんと立っていた。
    「はじめまして,アルフィン。私はマーラよ」
     マーラはアルフィンと目が合うと口角の上がった唇できゅっと綺麗な笑顔を作って見せた。
    「…はじめまして」
     思わず挨拶を返したものの,アルフィンは呆気に取られている。
    「フィリオーネには『DO』がたくさんいるよ。危険なアトラクションや連日連夜行われるショーの中で活躍してる。マーラみたいにカクテルウェイトレスの『DO』も多いんだよ?みんな綺麗で格好いい。作り手の好みもあるし,発注者の好みもあるからね」
     少年がマーラの話を引き継いで説明する。
    「一方『DU』は,そのまんまの意味だよ。ダミー…,要は”ニセモノ”さ」


     アルフィンは軽く混乱する。
     少年やマーラという女性の話す内容は全て理解できる。ただの種明かしだ。
     しかし,感情が納得してくれない。
     あまりにも現実味が無いのだ。
     少年とマーラはこんなにもリアルに存在しているのだ。
     機械がこんな表情をするものだろうか。
     あんなに感情を露わにするものだろうか。
     運河沿いでの少年とのやり取りを思い出す。
     同時にトトの事を思い浮かべる。
     クラッシャーダーナのチームにいたトトも一見アンドロイドには見えない。
     アルフィンも初めて見た時には随分驚いた。
     仕草や会話も普通の人間と変わらなかった。
     確かに,多少融通の利かないような淡泊な部分はあったが,少し気取った男性と言われればすんなりと納得のいくようなレベルであった。
     しかし,そのトトと比較しても,この二人の有り様は信じられない。

    「トトなんかは基本的に『兵器』として開発されたものだからな。より人間くさいものを目指すよりは,さらなる軽量化や内蔵する武器の研究に重点が置かれるんだろう。目的が違うのさ」
     アルフィンの気持ちを見透かすようにジョウが言った。
    「目的…?」
    「そう。ノルトでのアンドロイド開発は,より人間に近いものを目指すのが第一の目的なんだ」
     ジョウがアルフィンの小さな頭に手をやりながら言う。
     軽く撫でられ,ほんの少し気持ちが落ち着く。
    「僕はレオルゴ・シーパスという人物の『DU』なんだ。ほんの1ヶ月前に作られたばかりの」
     少年は燃える屋敷を見つめたまま話す。
    「『DU』はその人物のレプリカだからね,外見はモチロン頭の中身もある程度模倣されるんだよ。僕の人工知能にはレオルゴ・シーパスのデータが入っている。文章でのデータとか画像でのデータとか。画像はそれこそ何本もビデオがあったからね。随分可愛がられた人物だから,赤ちゃんの時からずっと成長の記録が録画されていたんだ。それがそっくりそのまま”僕の記憶”としてインプットされるワケ」
     少年は静かに眼を閉じた。まるで思い出を辿るように。
    「あなたはダカルが事故で亡くなった後に作られたの?」
     アルフィンが問う。
    「あれ?どうしてダカルの事知ってるの?…ああ,ゴルデラに聞いたんだね?じゃあバリーニの事も…?」
     少年がアルフィンの方を振り向いて訊く。アルフィンは無言で頷く。
    「そっか。…本物のレオルゴは知らなかっただろうけど,僕はその辺の事情も聞かされてたよ。ダカルとバリーニが死んだ理由が,僕が作られる動機になってるからね」
     少年は少し寂しそうに微笑んだ。華奢な肩に出来た無惨な傷跡が目に付き,アルフィンの胸がちくりと痛んだ。
    「じゃあ先月事故に遭ったのって…。それであなたの人工知能が一時的におかしくなったの?」
     アルフィンの質問に少年は一瞬沈黙する。
     その辺からの事情はジョウ達も聞いていない。自然と少年にみんなの視線が集まる。
    「違うんだ」
     少年はゆっくりと俯き,とても辛そうに口を開いた。
    「車に轢かれたのはレオルゴ本人なんだ」
    「え?」
     その場にいたみんなが異口同音に驚きの声を上げる。
    「僕は,その時…チャージ中だったんだ」
     少年はまるで血を吐くようにそう言った。ひどく苦しそうだ。
    「僕たちアンドロイドは定期的にエネルギーをチャージしなければいけない。充電器に繋がれて身動きが取れない状態になる。だから…知らなかったんだ。レオルゴとお母さんが,出掛けてるなんて…」
     基本的に『DU』を所有する人物は,それだけで命の危険に晒される可能性が高いという事を証明しているようなものだ。当然,本人自体がそれを自覚し,用心しているものなのである。
     しかし,レオルゴはその意識が著しく欠乏していた。
     彼はダカルやバリーニの死の事実を知らされていない。
     無論,母親であるモーリアからは漠然と気を付けるようにと言われてはいたが,温室育ちの彼には自分の命が狙われるなど,まるで実感が湧かなかったのである。
     だから,『DU』の少年と初めて会った時も,ただ無邪気に喜んだだけであった。
     ”自分とそっくりなアンドロイドなんて,絶好の遊び相手じゃないか!”

    「あの日は,レオルゴの15歳の誕生日だった。だからきっとお母さんに外出をねだったんだろうな…。バリーニが死んでから,ずっと自宅にこもりっぱなしだったから」
     それはそうだろう,とアルフィンは思う。
     モーリアはゴルデラがレオルゴを狙ってくることが当然分かっていたのだから。
     しかし,安全なところに隠れていたとしても,ゴルデラの怒り様を目の当たりにした今では,襲われるのは時間の問題だったであろうという事も容易に想像できる。
     きっと虎視眈々と復讐の機会を窺っていたに違いない。そこへきて,ターゲットが外出するという好機が訪れた。
     その結果は明らかである。
     アルフィンはぎゅっと眼を閉じた。
    「それで,そのレオルゴ本人は…?」
     ジョウがアルフィンの様子を気にしながら少年に尋ねる。
    「…一昨日,死んじゃった」
     ぽつりと少年が言った。



    『どうしてっ!?どうしてなのよっ!』
     ヒステリックにモーリアが叫ぶ。
     いつも綺麗にセットされている艶やかな黒髪が乱れるのも気に留めず,少年の肩を掴んでがくがくと乱暴に揺らす。
    『あなたは何のためにここにいるのよ!?何のためにここへ来たのよ!?』
     幾筋もの涙がやつれた頬を伝う。少年は呆然とそれを見つめている。
    『あなたがっ…!あなたが死ぬべきでしょうっ!?あなたが死ねば良かったのよ!!』
     胸を抉るような残酷な言葉が機関銃のように赤い唇から発せられる。
    (お母さん…)
     少年に与えられた記憶の中で,モーリアはいつだって優しかった。
     いつだって少年を抱き締め,笑っていた。
     本物の”お母さん”に抱き締められることを,最終メンテナンスの最中にもずっとワクワクしながら考えていた。
     ”記録”として”記憶”するのではなく,実体験として実感したかった。
     でも……,”お母さん”が抱き締めるのはレオルゴ本人だけだった。
    『あなたなんか…っ!!』
     鋭利な刃物で突き刺すようにモーリアの瞳が少年を射抜く。
    『あなたなんか死んでしまえっ!!出てお行き!この…ニセモノっ!!』

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■795 / inTopicNo.27)  Re[26]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/25(Thu) 05:22:56)
     ぐらりと少年の身体が揺れる。
     ジョウが反射的に手を伸ばし,少年の身体を支える。
    「大丈夫か!?」
     ジョウの濃い色の瞳が,気遣わしげに少年の茶色い瞳を覗き込む。
    「…うん。えへへ,ごめんね。なんか今,人工知能のデータが暴走しかけたみたいだ」
     やだなぁ…と言いながら少年は黒髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
    「記憶はすっ飛ばすし,実は僕,欠陥品なのかも…」
     笑いながら少年が言う。
    「ばか。お前の冗談は笑えないからよせ」
     ジョウが軽く少年の頭を小突く。
    「…うん」
     素直に少年は頷いた。
    「なんだか僕,ジョウには『ばか』呼ばわりばかりされてるような気がするなぁ」
     ちらりとジョウを見上げて少年が言う。少し拗ねたような口調だ。
    「しょうがないだろ。ばかなこと言うお前が悪い」
     ジョウがエラそうに言い切る。
     えーひどいなぁ…という抗議の声に反して,少年の顔はどこか嬉しそうに見えた。

     タロスがふいに顔を上げた。
     リッキーが吊られて同じ方向を見る。
    「なんだ…?」
     一台のエアカーがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
     夜の闇に隠れてヘッドライトしか分からないが,応援の消防車には見えない。
     ジョウも不信げに車を目で追った。
     間もなくエアカーがジョウ達に気付いてスピードを緩めた。
    「タロス!リッキー!」
    「へい」
    「あいよ!」
     ジョウの声と共に,一団は借りてきたエアカーの影に入る。
     ジョウはアルフィンと少年を背後に庇いながら油断無く構える。
     タロスも同じようにマーラを背中に隠す。リッキーはアートフラッシュに手を掛けた。
     やがてエアカーがジョウ達の真横で止まった。
    「!?」
     真っ先に反応したのは少年だった。
    「おい!」
     ジョウが制するのも聞かず,思わずエアカーの横へ飛び出した。

    「お母さん…」

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■796 / inTopicNo.28)  Re[27]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/25(Thu) 21:33:36)
     ぽつりと漏れた少年の一言に,その場にいる全員が息を飲む。
    「ジョウ…」
     漠然とした不安に襲われ,アルフィンが思わずジョウの腕を掴む。
    「…ああ」
     ジョウも半ば呆然とした表情でそう応えると,アルフィンの白い手に自分の手を重ねた。
     今更ながら,アルフィンが素手のままであることに気付いた。グローブ越しでは分からないが,きっと氷のように冷たくなっている事だろう。ジョウはふと居た堪らない気持ちになる。
     エアカーのドアが開いた。
     途端に止まっていた時間が動き出す。
     少年が明らかに緊張するのが分かった。
     無意識だろうか,損傷した肩を隠すように手で覆う。
    「あなた……」
     ゆっくりと車から降りるた女性は,少年に目を留めると一言そう呟いた。
    (これがモーリアか…)
     ジョウは暗がりの中で女性を観察する。
     想像していたより小柄な女性であった。色白な顔に黒い髪,面差しはやはり少年に似ている。灯りがないせいか,幾分疲れたような印象を受ける。
     いや,実際疲れているのだろう。
     一昨日愛息を亡くしたのだ。それまでも重体の息子に付きっきりだった事を考えれば,当然なのだ。
    「……あなた,まだ生きてたの?」
     嫌悪感を露わにして,モーリアが残酷なセリフを吐いた。
    「!」
     少年の瞳が哀しい色を湛えながら大きく開かれる。
    「な,何てコト言うんだよ!?おばさんそれでも人間かよ!?」
     堪らず叫んだのはリッキーである。
    「おい」 
     タロスが後ろからリッキーの肩を押さえてたしなめる。
    「だって…っ!」
     リッキーは怒りと哀しみがごちゃ混ぜになった瞳でタロスを睨む。
     タロスは複雑な気持ちでリッキーの視線を受け止めた。自分だって同じ思いなのだ。
    「ゴルデラの屋敷が燃えてるっていう知らせを受けたから,これに乗じてアイツを殺してやろうと思って駆け付けてみたんだけど。……まさかあなたがいるなんてね」
     リッキーの叫びは完全に無視して,モーリアが憎々しげに言う。
    「………」
     少年はモーリアを見つめたまま動けないでいる。
    「ゴルデラの奴ならとっくに死んだぜ。今頃火葬の真っ最中だ」
     ジョウが顎で燃えている屋敷を示して言った。
     モーリアはちらりとジョウの顔に視線を走らせたが,またすぐに少年を睨みつける。
    「じゃあもうあなたは本当に用無しでしょう?あそこへ行って,一緒に燃えてしまいなさい」
    「おまえ…!!どうしてそんな酷い事が言えるんだよ!?こいつはおばさんの息子と同じ顔してんだろ!?頭ん中だって同じく作らせたんだろ!?なのに…なのに何でそんな残酷なことが言えるんだよぉっ!!!」
     タロスの手を振り解いて,激情のままにリッキーが叫ぶ。
    「うるさいっ!関係のない人間はお黙りなさいっ!こんな役立たずの『D』を私のレオルゴと一緒にしないでっ!!」
     今度はキッとリッキーを憎しみの目で睨みつけながらヒステリックに叫んだ。
    「この『D』は,私が高いお金を払って買ったモノよ!どうしようと私の勝手でしょう!?それにどうせ家に帰ったって,この役立たずのメンテナンスキットもチャージ用のエネルギーや装置も全部処分したんだから,もうただの電池切れのガラクタになるのを待つだけなのよ!」
     ぎらぎらと瞳に異様な光を湛えながら,モーリアは一気に吐き出した。
     皆が絶句する。きんと冷えた空気にモーリアの荒い息づかいだけが響く。
    「…ごめんなさい,お母さん」
     少年が掠れた声で呟いた。

    「”お母さん”なんて呼ぶんじゃないっ!!」

     逆鱗に触れたようにモーリアが激しく反発する。凄まじい形相で叫んだ。
     モーリアの絶叫の余韻が消える前に,少年は走り出していた。
     いまだ炎の勢いが衰えないゴルデラの屋敷に向かって。

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■797 / inTopicNo.29)  Re[28]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/25(Thu) 21:49:23)
    「待てっ!このばかっ!!」
     ジョウが叫んで追い掛ける。
     タロスとリッキーもほぼ同時に飛び出した。
     アルフィンは壊れたブーツに足を取られ出遅れる。
     転びかけたアルフィンをマーラが後ろから支えた。
     その時,ゴルデラの屋敷から大きく迂回して一台のエアカーが猛スピードで走ってきた。
     思わず少年が足を止める。
     吊られたジョウ達も立ち止まって車に注目する。
    「!?」
     ヘッドライトは真っ直ぐにモーリアを照らしている。
     眩しさに思わずモーリアが手をかざして顔を伏せる。
    ”キィン”
     ジョウの耳が甲高い周波数の音を捉えた。
    (何だ!?)
     そう頭で考える前に,ジョウの目は信じられないものを捉えていた。
     あり得ないスピードで少年がジョウの脇をすり抜けていったのだ。
     瞬時にジョウは少年の意図を察知する。
    「よせっ!!」
     振り向いて絶叫するジョウの目の前で,少年はエアカーに突っ込んで行く。
     エアカーには血まみれのゴルデラの手下が乗っていた。
     車には剥き出しの爆弾らしき物体が積まれていた。
     瀕死の状態になりながら,怒りの形相でハンドルを握っている男の思惑は明らかだった。
     かすむ目は,執念でモーリアの姿を捉えている。

     衝撃は突然やって来た。
     右斜め前に影が見えたような気がした,瞬間。
     男は車のボンネットが柔らかいおもちゃのようにひしゃげていくのを見た。
     鋼鉄のボンネットを押しつぶしていく衝撃がフロントガラスを砕くまでの,一瞬にも満たない僅かな時間が,スローモーションの映像のように,ひどく緩慢に流れた。
     そして。
    ”どんっ!!”
     大気を奮わせて,光と音と熱が弾けた。


     爆風に煽られて,ジョウの身体がなぎ倒されそうになる。よろめいたジョウを後ろに回ったタロスが身体でカバーする。その逞しい腕は,軽い身体を飛ばされそうになったリッキーの襟首もがっしりと掴んでいた。
    「くそっ!」
     ジョウはすぐさま紅蓮の炎を上げるエアカーに向かって駆け出した。
    「ジョウっ!いけねぇ!危険だ!」
     タロスが大声で制止する。
     その次の瞬間,二度目の爆発が起きた。
     ジョウは反射的に伏せて爆風の衝撃をかわす。大地からびりびりと振動が伝わってくる。
     ジョウは険しい顔付きで目の前を見据えた。
     どす黒い煙が,荒れ狂う生き物のようにうねりながら湧き上がった。ばちばちと火の粉が盛大に降り注ぐ。
     もはやエアカーは原型を留めていない。
     ジョウは伏せたまま力の限り拳を握りしめた。
    「っのばか野郎…っ!」
     衝動のままに思い切り拳を地面に叩きつけた。

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■798 / inTopicNo.30)  Re[29]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/25(Thu) 22:03:56)
    「あ……」
     マーラが漏らした小さな呟きで,アルフィンはようやく我に返る。
     一瞬何が起こったのか分からなくなる。
     目の前で燃えている”物体”を眺める。
     熱が風に乗ってアルフィンの顔を叩く。
     緩慢な動作で身体を起こす。無意識のうちにマーラを庇うようにして地面に伏せていたらしい。
     現実を認めたくない強い思いが,アルフィンの思考を鈍らせている。

     分からない。分かりたくない。

    「ジョウ…」
     心細い思いが,ジョウの名前を呼ばせる。青い眼がジョウの姿を探す。
     ゴルデラの屋敷から走ってくる消防車両の赤いランプが目に付いた。
    「……?」
     アルフィンの横でマーラが立ち上がる気配がした。反射的にマーラに視線を送る。
     炎に照らされたマーラの顔は静かな哀しみに満ちていた。
     鮮やかなオレンジ色のウェーブは風に煽られて緩やかに波打ち,幻想的な絵画のように見える。
     静かに歩き出したその姿を,アルフィンは,ただぼうっと見送っている。
     5メートル程進んだところで,マーラはゆっくりとしゃがみ込んだ。何かを拾い上げ,じっと見つめている。
     やがて再びアルフィンの方へと戻ってきた。その手には小さなチップがあった。
    「…ちょ,ちょっとマーラ!」
     機械的にマーラの動作を目で追っていたアルフィンが,マーラの手を見て即座に我に返る。
    「大丈夫よ,アルフィン。私は熱も痛みも感じないから」
     アルフィンの心を見透かしたように,マーラは寂しそうに笑った。
     爆発の熱で瞬時に高温になったチップを直接掴んでいるマーラの細い指から銀色に輝く金属が見えていた。高熱によって人工皮膚が溶かされたのだ。
    「でも…!」
     アルフィンが何か言いかけるのを静かに制して,マーラは歩みを進める。
     いまだ呆然と座り込んでいるモーリアの元へ。


    「はい」
     目の前に出されたマーラの手を見て,モーリアはようやく目が覚める。
    「…うぁっ!あ,あ,あなた,『D』なの!?」
     剥き出しの金属の指に,脅えたように顔を歪めて狼狽える。
    「…これ,あのコのメモリーチップよ。あなたに返すわ」
     質問には応えず,マーラは静かに言う。いつもの魅力的な笑顔は影をひそめている。
    「……い,要らないわよ,そんなモノっ!気持ち悪い!」
     モーリアはヒステリックに言い返す。まだショック状態から抜け出していないようだ。
     マーラはぎゅっとチップを握りしめると,冷静な仮面をかなぐり捨てて怒鳴った。
    「あのコをこの世に誕生させたのはあなたの意志でしょう!?なのに何故そんな無責任でひどい事が言えるの!?」
     熱風に煽られたウェーブの髪が顔にかかるのも気にせず,マーラは糾弾する。
    「私達『D』には,予めストッパーが付いてるの。人間に危害を加えないようにするためにね!だから腕力とか,脚力とか,そういうのも『人間並み』に調整されてるの!だけど!…だけどさっきのあのコを見たでしょう?あのコのあなたを助けたいという『想い』が,自らに課せられたストッパーを壊したのよ?解る?…それが,どんな凄い事なのか,あなた解ってるの?」
     マーラはモーリアの瞳を覗き込むようにして訴える。
    「そんなあのコに,あなたは何を言ったのよ?ショックで記憶を失うような,メモリーチップが誤作動を起こすような,どんなひどい事をあのコに言ったのよっ!?」
     全身に怒りと哀しみを漲らせてマーラが叫ぶ。
    「マーラ」
     いつの間にか戻っていたタロスが,後ろからマーラの細い肩を掴む。
     背後には,やり切れない思いを堪えるようにぎゅっと拳を握るリッキーと,やはり沈痛な面持ちで佇むジョウとアルフィンがいた。
     車の消火活動が始まったのか,熱風に交ざって細かい水飛沫が飛んでくる。
    「あなたに…,所詮『D』のあなたに一体何が解るっていうのよ!?」
     モーリアが,きっとマーラを睨みつけながら怒鳴った。
    「大事な息子が目の前で殺されたのよ?軽いボールみたいに,跳ね飛ばされて…。地面に叩きつけられた音が今でも耳から離れないのよ?1ヶ月近く,苦しむあの子の傍で,どれだけ涙を流したか分かる!?あの子が…息を引き取った瞬間の…絶望が『D』なんかに解るはずないわっ!」
    「だったらどうして!…どうしてバリーニを殺したの?」
     アルフィンが問う。
    「ゴルデラにとって,バリーニは息子同然だったはずでしょう?それだけ自分の子どもを大切に思うなら,どうしてゴルデラからバリーニを奪ったの?」
    「あのオンナが産んだ子と,私のレオルゴを一緒にしないで!レオルゴは特別な子なのよ!」
     モーリアが怒りに震える声で絶叫する。
     声に煽られたように後ろで炎がごうっと呻り声を上げた。

     濁った重い沈黙を破ったのはジョウだった。
    「この人とはこれ以上話しても無駄だ。ホテルに帰るぞ」
     そう言うと,ジョウはアルフィンの肩を軽く抱き,バランスの悪い足下を支えるようにして,踵を返した。
    「うん…」
     リッキーも頷いてゆっくりと車に向かう。
     タロスが無言でマーラを促す。
     マーラは訴えかけるような瞳でタロスの顔を見つめた。
     しかし,タロスは黙って首を横に振った。
     マーラは俯き,少し肩を落としたが,そのまま寄り添うようにしてタロスに従った。

     ジョウ達が去った後には,抜け殻のように座り込んだ,哀れな母親が残された。

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■799 / inTopicNo.31)  Re[30]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/25(Thu) 22:13:26)
     エアカーに乗り込み,暖房が効いてくると,今更ながらに凍えていた身体が震え出す。
     クラッシュジャケットを着ていなかったアルフィンは,自分の身体をぎゅっと抱き締める。
     助手席に座ったアルフィンの様子を見て,ジョウが暖房の設定温度をMAXに上げる。
    「大丈夫か?」
    「うん。ありがと」
     凍えて強張る頬を弛めて,アルフィンが軽く微笑んだ。
     後部シートにはマーラを真ん中にして3人が並んで座っている。
    「それ,ホントに痛くないの…?」
     リッキーがマーラの指を見て心配そうに尋ねる。
     マーラは,ええと頷いてにっこりと笑う。
    「不思議ね…。あなた達は私がアンドロイドだって分かっても,人間のように扱ってくれるのね」
     タロスにマーラを守れと命令したジョウ。ゴルデラの屋敷で銃撃から身を挺して庇ってくれたタロス。爆発の衝撃から自らの身体で守ってくれたアルフィン。そして金属の指を痛くないかと心配してくれるリッキー。
    「この星での『D』の扱いはペットなんかと同レベルなの。…だから,あの人が,あのコや私に対して見せた態度は,特別な例ではないの」
     少し寂しそうにマーラは微笑む。
    「そんな…!だって少しも人間と変わらないじゃないか!ううん,逆にあのオバサンなんかより,ずっとずっと人間らしいじゃないか!」
     リッキーが感情を露わにして叫ぶ。
    「ありがと,リッキー。あなたは優しいのね…。でも,私には”心”が無いの。人間にはある”心”っていうものが,『D』には付いてないの。私は人工知能で考えるだけ。喜びや悲しみを感じるのは”心”じゃなくて”頭”なの。だから…」
    「違うよ!人間だって”脳”で感じるんだよ!同じだよ!」
     リッキーは必死で食い下がる。
    「…そうだなぁ。”心”なんていうのは所詮人間の想像の産物だからなぁ。実際はコイツの言うとおり,感情って奴は脳から来る信号にすぎないんだぜ?」
     タロスが後を受けて言う。
    「あたし思うんだけど」
     アルフィンが口を挟む。
    「”心”っていうのは,嬉しいとか,哀しいとか,そういう自分の気持ちだけじゃなくって,”相手のそういう気持ち”を解ってあげるためにあると思うのね。だから,あのコの気持ちを想って,あのオバサンに感情を剥き出しにして抗議しちゃうマーラには,ちゃんと”心”があるんじゃないかしら?」
    「俺もその意見に賛成だな。マーラやアイツと過ごした時間はわずかだが,充分”心”は感じたぜ?」
     ハンドルを握りながら,ジョウも便乗する。
     黙り込んでいるマーラの顔をタロスとリッキーが横目で窺う。マーラは見開いた目を一度ぱちくりと瞬きした。
    「……こういうのを,泣きたい気分って言うのかしらね」
     くしゃりとマーラは笑った。
     涙が流せたらどんなに良いだろうと,”心”から思った。

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■800 / inTopicNo.32)  Re[31]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/26(Fri) 09:32:28)
     翌日,アルフィンは少し熱を出した。やはり冷たい空気が良くなかったのだろう。
     ジョウ達他のメンバーも揃ってホテルの部屋で仮眠を取ったりしていた。
     マーラを送り届け,結局ホテルに帰ってきたのは朝方だったのだ。

     リビングで仮眠を取っていたタロスが,人の気配に目を覚ます。
    「あ,起こしちゃった?ごめんなさい」
     アルフィンが小さく首をすくめた。
    「いや,気にするな。…それよりどうした?具合は大丈夫なのか?」
     タロスが大きく伸びをしながら尋ねる。
    「うん。薬が効いたみたい。熱は下がったわ。ちょっと喉が渇いたから起きてきたの」
     そう言いながら,備え付けのミニバーに歩いていく。
    「タロスも何か飲む?」
     冷蔵庫から冷えたジュースを取り出しながらアルフィンが訊く。
    「いや,今はいい」
    「そ」
     一言そう言って,アルフィンはタロスと向かい合わせのソファに座る。
    「おいおい,そんな格好じゃまた熱が上がるぞ。今は薬で一時的に下げただけだろう?上に何か羽織れよ」
     薄いパジャマ一枚のアルフィンにタロスが渋い顔をする。
    「大丈夫よぉ。この部屋暖かいんだから」
    「ジョウに言いつけるぞ」
    「………」
     んもうっと口を尖らせたものの,アルフィンはおとなしくクローゼットに向かう。
    「そのジョウはどうした?」
     厚手のカーディガンを羽織ってきたアルフィンにタロスが尋ねる。
    「寝てるわよ」
     再びすとんとソファに腰掛けながらアルフィンが答えた。
    「なんだ?看病してくれてたんじゃないのか?」
     タロスが意外そうに訊く。
    「……最初は,そうだと思うわよ?でも,今,目が覚めたらイスに座ったまま寝てた」
     ジュースに口を付けながら,可愛らしく顔をしかめてアルフィンが言う。
    「はははっ,そりゃあ仕方ねぇよ。ジョウだって疲れてるんだ。アルフィンが眠ったんで気が抜けたんだろうよ」
     タロスが愉快そうに笑う。
    「そうだけどっ。でもそれならちゃんと自分のベッドで寝ればいいのよ。イスに座ったままじゃ疲れなんて取れないわ!」
     なるほど,アルフィンの心境としては色々と複雑なわけだ。タロスはにやりと笑う。
    「だったらアルフィンのベッドに入れてやれば良かったじゃねぇか。二人で寝ても充分な広さのベッドだったろう?」
     途端にアルフィンの顔が薔薇色に染まる。
    「………っ!タロスのえっち!」
     わはははははは,とタロスは豪快に笑った。
     ぷいっとアルフィンが拗ねる。
     窓を向いたアルフィンのコバルトの瞳にフィリオーネの街並みが映った。
     少しアルフィンの表情が曇る。
     なんとなくタロスも視線を窓の外に遣る。
    「……昨日到着したばかりなのに,随分長くいるような気がするわ」
     ぽつりとアルフィンが漏らした。
    「…ああ,そうだなぁ」
     他人事のようにタロスが相づちを打つ。
     長い長い一日だった。
     あの燃えた屋敷はどうなっただろう。
     あの座り込んでいた母親はどうしただろう。
     ぼんやりと考えるものの,ニュースを見る気にはなれない。
     もっともダウンタウンエリアのごたごたは日常茶飯事らしく,『オモテ』のニュースには,ほとんど取り上げられないという話だったが。
    「ね」
    「うん?」
    「マーラはどうしてるかしら?」
    「……さてね」
     タロスは気のない返事をする。
    「何よ,冷たいわね!夕べはあんなに仲良くしてたじゃないの」
     アルフィンが噛みつく。
    「……ああ。でも,今日はもう覚えちゃいねぇよ」
    「え?」
     アルフィンがきょとんとする。
    「記憶を”削除”するって言ってたからな」
     タロスが深くソファにもたれて,大きく息を吐きながら言う。
    「………何それ。どういう意味?」
     アルフィンが訝しげにタロスに詰め寄る。
    「そのまんまの意味さ。昨日の記憶は哀しすぎるから,一日分のメモリーを削除するんだと」
    「そんな…!」
     アルフィンは思わず絶句する。
    「なぁアルフィン。記憶がいつまでも残るっていうのはどんなモンなんだろうな」
     タロスが眼を閉じて言う。
    「…タロス?」
    「俺達は,どんなに辛い経験もずっと鮮明に覚えている事は出来ないだろう?もちろん,その事自体は忘れる事はないけどな。…でも,どんな思い出も時間と共に風化していくじゃないか。自分の中で消化されていくっていうか…。だから,立ち直れるんだよなぁ」
    「…うん」
     アルフィンは神妙に頷く。
    「だけど,マーラ達はいつまでも頭ん中に『記録』として残っちまうんだと。メモリーチップにどんどん『記憶』が溜まっていくんだな」
    「………」
     鮮明にリピートされる哀しい記憶。
     それはある意味拷問に似ているのではないだろうか。アルフィンは想像する。
    「でも,楽しい記憶だって同じことなんでしょう?」
     ふと思いついて,アルフィンは言う。まるでそこに救いを求めるように。
    「…そうだな。そんな良い記憶ばかりだといいのにな」
     タロスは少し笑ってそう言った。
    ”この星での『D』の扱いはペットなんかと同レベルなの。…だから,あの人が,あのコや私に対して見せた態度は,特別な例ではないの”
     寂しそうに打ち明けたマーラの顔を思い出し,アルフィンの鼻の奥がつんと痛んだ。
     マーラ達の優れた人工知能は,一体誰のためのものなんだろう。
     人間と同じように扱わないなら,人間に近付ける必要がどこにあるというのか。
     それではマーラ達があまりにも不幸だ。
    「ホント,良いことだけがあるといいのに…」
     アルフィンもそう呟いた。
     マーラの笑顔を思い浮かべながら,まるで祈るように。

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■801 / inTopicNo.33)  Re[32]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/26(Fri) 09:41:14)
    「よし,忘れ物はないな」
     ジョウが最終確認をする。
    「うん,大丈夫よ」
     アルフィンが隅々をチェックして答える。
     結局最後の一日もだらだらとホテルの部屋で過ごしてしまった。
     もちろんアルフィンの体調を気遣ってのこともある。一応熱が下がったとはいえ,まだ本調子であるとは言い切れないのだ。
    「じゃあフロントに電話しますぜ?」
     タロスが受話器を取りながらジョウに訊く。
    「ああ,そうしてくれ」
     ジョウが片手を挙げて応えた。指にはまだ白いテーピングが巻かれている。
    「それにしても,リッキーはどこに行ったのかしら?」
     アルフィンが眉をしかめて溜息を吐く。
     朝から「ちょっと…」と言ったきり帰ってこないのだ。
    「あいつのことだ。まだ遊び足りないんじゃないのか?きっと下のゲーミングで無駄金を使ってるんだろう」
     ジョウが苦笑いを浮かべる。
    「無駄金だなんて,ひどいや兄貴っ」
    「あら」
     絶妙のタイミングでリッキーが部屋に戻ってきた。アルフィンが思わず口を押さえる。
    「なんだ?それじゃあ少しは稼いできたのか?」
     ジョウが面白そうにリッキーの顔を覗き込む。
    「当ったり前だよ!見てよこれ!」
     そういうと専用ボックス一杯に入ったコインを自慢げに掲げてみせた。
    「わお!すごいじゃないリッキー!」
     アルフィンが目を丸くして手を叩く。
    「へへんっ。まぁねっ!」
     リッキーが筋肉の薄い胸を張る。
    「でもお前,これ通常通貨に換金して来なきゃ…。このままじゃ持って帰っても意味無いだろう?」
     ジョウが呆れたように言う。
    「うん,だから相談なんだけどさ。兄貴とアルフィンは先に宇宙港へ向かっててよ。俺らとタロスはこれを倍にしてから追い掛けるからさ!」
     リッキーがにこにこしながら言う。
    「ええ!?だって宇宙港で食事してから<ミネルバ>に戻るって,昨日相談したじゃない」
     アルフィンがブーイングを出す。
     ところが,ジョウがすんなりOKを出した。
    「いいぜ。アルフィンと先に食事してるさ。お前らの奢りだと思って,贅沢するからな」
    「ジョウ!?」
    「わかってるさ,兄貴!俺達の稼ぎを楽しみにしててよ!」
     リッキーがびしっとウィンクを決めた。
    「おい,何の話だ?」
     フロントに電話し終えたタロスが近寄ってくる。
    「いいからいいから!行こうぜタロス!」
     リッキーはコインの入った箱を片腕で抱えるように持ち直し,空いてる手でタロスの腰を押す。
    「って,おい!なんだ?もうすぐ荷物を取りに来るんだぜ?」
     リッキーの勢いに押されながら,タロスが慌てて言う。
    「心配すんな。荷物は俺が預けるよ。せいぜい頑張ってこい」
     ジョウが片手をひらひらと振って見送った。
     はぁ!?と奇妙な声を上げながら,タロスはリッキーに押されるまま,慌ただしく部屋を出ていった。
     静かになった部屋でアルフィンが呆れている。
    「……いいの?」
     渋面を作ってジョウに尋ねる。
    「いいの」
     にやりと笑ってジョウが答えた。


    「おい,リッキー。どういうつもりだ?」
     降りエレベーターの中でタロスがじろりと睨む。
    「別にー。どうもこうもないよ?」
     へへへと笑う。
    「痛ぇっ」
     途端にガツンと殴られる。
    「ひでぇやまったくぅ…」
     涙を滲ませた目でリッキーは非難する。
    「てめえ,余計な事考えてるんじゃねぇだろうな?」
     タロスが凄む。
    「余計な事なんて考えてないよ!俺らは必要な事を考えたんだ!」
     リッキーも負けてない。きっぱりと言い返す。
    「………」
     リッキーの気迫に一瞬タロスが沈黙する。
    ”ちん”
     軽いクラシカルな音を立てて,エレベーターが目的の階に止まる。すうっと扉が開いた。
     賑やかな音楽とコインの落ちる音がエレベーターの中にも流れ込んでくる。
    「ふんっ」
     リッキーがコインの箱を突き出す。
    「あ?…ああ」
     思わずタロスは受け取ってしまう。
     先に下りたタロスに向かって,リッキーは手を振っている。
    「おい!おめえは…!?」
     焦ったタロスが顔色を変える。
    「俺らは先に宇宙港へ行ってるよー」
     グッドラック!と締まりかけた扉からリッキーの無責任な声が聞こえてきた。
    「………」
     エレベーターが動き出すのを,タロスは呆然と見送った。
    「……あの野郎っ,やっぱり余計な事じゃねぇか!」
     怒鳴ったところで,もはや手遅れである。

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■802 / inTopicNo.34)  Re[33]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/26(Fri) 09:54:36)
    (どうしたもんかな…)
     タロスは正直途方に暮れていた。
     コインの箱を抱えたまま,ぼんやりと佇んでいる。
     ゲームをしていない客には,華やかなカクテルウェイトレス達は見向きもしない。
    「ふ…っ」
     不意に可笑しさが込み上げてくる。
    「何やってんだ俺は」
     言葉に出してそう言うと,夢から覚めたように現実感が戻ってくる。
    (とっとと換金して宇宙港に向かうとするか…)
     一度決めてしまうと足取りも軽くなる。
     換金所へと向かうべく,くるりと身体を反転させる。
    「はあい!ミスター!ドリンクはいかがー?」
    「!?」
    ”がしゃんっ!”
     タロスの手からコインの入った箱が落ちる。
    「あんっ!ごめんなさーい!」
     派手なオレンジのウェーブがぱっと広がった。散らばったコインを拾うべくしゃがんだのだ。
    「まさかそんなに驚くと思わなかったの!許してね?ミスター」
     タロスを見上げてぺろっと舌を出す。
    「…あ,いや。俺もぼうっとしてたから」
     タロスも些かぎこちなく座り込んでコインを集め出す。
    「こんなに稼いで,今日はツイテるのね,ミスター」
     口角の上がったキュートな赤い唇がにっこりと笑みの形を作る。
    「…ああ。今日の俺はツイテるらしい」
     タロスも少しだけ笑う。
     細く白い指先にジョウと同じようなテーピングが巻かれている。
     タロスはぼんやりとそれを見つめた。
    「あん?これ?ちょっと火傷しちゃったの。私,そそっかしいから」
     うふふと甘ったるい声で笑う。
    「そうか。せっかく綺麗な手なんだから気を付けなくちゃいけねぇな」
     タロスの言葉にグレーの瞳をまん丸く見開く。
    「…ありがと,ミスター。優しいのね」
     ふんわりと優しい笑みを浮かべる。
     まるで花が咲いたようだな…。タロスは柄にもなくそんな事を思う。
     まったく知らない顔で綺麗に笑うマーラを,タロスは不思議な気持ちで見つめている。
     ……少し胸が痛む。
     だが。タロスは安堵の笑みを浮かべた。ほっとする気持ちの方が強かった。
    「ありがとう」
     コインの箱を持ち,タロスは立ち上がって礼を言う。
    「いいえ!こちらこそゴメンナサイねぇ」
     上目遣いにタロスを見上げてマーラが甘えるようにちょこんと首を傾げて見せた。
    「いや」
     そう言って,立ち去ろうと一歩後退する。が,
    「そうだ。これ」
     ふと思い立ち,タロスはコインの箱をマーラに差し出した。
    「え?」
    「今日はツイテたからな。はずんどくよ」
     タロスはにやりと笑って言った。
     片手にグラスの乗ったトレイ,もう片方にコインの箱を持ち,マーラは戸惑った様子で立ちつくしている。
    「…じゃあな」
     タロスは簡単に別れの言葉を口にすると,踵を返して歩き出した。

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■803 / inTopicNo.35)  Re[34]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/26(Fri) 09:59:31)
    「そう言えばさぁ,なんでマーラはアイツが仲間だって,『D』だって分かったんだろう?」
     宇宙港へ向かうホテルの専用リムジンの中で,リッキーが思い出したように尋ねる。
     結局タロスを置き去りにした後で,ジョウ達と合流したのだ。アルフィンは呆れたが,ジョウは軽く笑っただけだった。
    「俺ら達にはちっとも区別が付かないじゃんか」
     うーんと腕組みをして首を捻る。
    「さぁな。でも俺達と違って,外見だけしか見えない訳じゃないだろうからな。俺達には見えない互いの電波とか,何かそういうモノを感知するんじゃないか?」
     ぼんやりと窓の外を眺めていたジョウが,振り向かずに答える。
    「ふーん。そういうモンなのかなぁ…」
     リッキーはまだうーんと唸っている。
    「人間には区別が付かないのに,それでも区別するのは人間なのよね…」
     アルフィンがぽつりと言う。
    「うん。…なんか,おかしいよ」
     リッキーは腕組みを解くと,そのまま両手を頭の後ろに回してシートにもたれた。
     なんとなく重い沈黙が訪れる。
    「ね,タロスはマーラに逢えたかしら?」
     沈みがちな空気を払拭するように,アルフィンがトーンを上げて問いかける。
    「結局,こっそり顔を見るだけで帰ってきたりしてな」
     今度は振り向いて,ジョウがにやりと笑う。
    「うひひ,あり得るなー。タロスってば見かけに寄らずシャイだもんなー」
     リッキーもにやにやと顔を弛める。
    「もうっ二人とも意地悪ねぇ!」
     そう言いながら,アルフィンも笑っている。

     来月のクリスマスイベントに向けて,そわそわと落ち着かない賑やかな街を抜け,リムジンは一路宇宙港へと加速していく。
     ジョウ達の短くて長い小休暇が終わろうとしていた。


    <FIN>

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■804 / inTopicNo.36)  Re[35]: 『D』
□投稿者/ まき -(2004/11/26(Fri) 10:03:50)
     最後まで読んで下さった皆様,お疲れ様でした。
     そして,お付き合い下さり,ありがとうございました。
     今回もホント無駄に長くてすいません…。これでも大分削ったのですが(苦笑)。
     どうにも”青臭い”話に,途中から恥ずかしくなってました…。しかもちょっと暗いし(苦笑)。
     それから, 始めの方のJさんの問題発言(笑)について期待して下さった方,すいません…。
     いやもう色っぽい話は難しいですね(涙)。
     仕事柄,クリスマスSSは書く時間がなさそうなので,前振り程度にUPさせて頂きました。
     
     ってコトで,クリスマスSS&イラ,楽しみにお待ちしております♪<皆様v
fin.
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