| <ミネルバ>の操縦室は、いつになくのんびりした空気が漂っていた。 操縦は自動制御に切り替えられ、コンピュータが舵をとっている。 次のワープを行うまでの、ちょっとしたブレイクタイム。 キッチンに立ったアルフィンを除く、ジョウ、タロス、リッキーの三人は、それぞれのシートでくつろいでいた。 そんな雰囲気も手伝って、リッキーの口はいつにも増して軽やかだ。 「ねえねえ、本当にあると思う?そういうことって」 「あー、何がだ?」気の抜けた様子で、タロスが付き合う。 リッキーが、じれったそうに「昨日のドラマだよ、ド・ラ・マ!」 「アルフィンに付き合わされて、みたってやつか?」とジョウ。 「そうそう。でも、兄貴は宿直だったから、みれなかったんだね」 「ああ」返事をしながら、ジョウは昨日の騒ぎを思い出した。 それは、夕食を終え、食後のコーヒーを楽しんでいるときのことだった。 絶対にはまるから、皆で一緒にドラマを見よう、とアルフィンが言い出した。 それは、ギャラクシーネットワークで放送されている、人気のメロドラマで、アルフィンお気に入りの番組だ。 オーバーな演技と、くさいセリフが受け、高い視聴率をマークしている。 しかし、甘々のドラマに、二人は食指が動かない。なんとか理由をつけて、逃げようとした。 だが、アルフィンは許さない。 一緒にみなければ、明日から毎日ピーマン料理のオンパレードよ!と宣言した。 二人とも、ピーマンが大の苦手だ。できれば、顔も拝みたくない。 二人は、ひでえ、脅迫なんてずるいぞ、と抗議したが、結局アルフィンには逆らえず、一緒にみたのだ。 「どういうストーリーなんだ?」 笑いをかみ殺しながら、ジョウがきいた。 「ケッ、青くせい話なんですよ」 さもくだらん、とばかりに、タロスが説明を始めた。 「主人公は女でしてね。こいつが、孤児院時代に知り合った初恋の男と、恋を成就させるまでの、波乱万丈の物語ってやつでして。 昨日のは、大人になった二人が再会して、お互いの気持ちを確かめあう山場の回で・・」 「タロスぅー」にやにやしながら、リッキーが口を挟んだ。 「なんだぁ?気持ちの悪りぃ声だして」 「昨日のドラマ、初めて見たって言ってたわりに詳しいじゃん♪」 ドキン! 「ば、馬鹿言え!あんなくだらないドラマ、1回みりゃあ、話の筋なんて察しがつくんだよ」 タロスの目に動揺の色が走った。 「へー察しがね。おかしいと思ったんだよ。いやだって言いながら、身を乗り出してみてるんだもんなぁ。本当はタロス、あのドラマのファンだったりして」 おちょくるような視線を、タロスに送った。 「なっ、何いいやがる。そういうお前こそ、真剣になって見てただろ!」 「あーみてたさ。意外に面白かったし、初恋を実らす主人公っての参考にしたいからね」 「参考だぁ?ガキの分際で色づきやがって。おおかたてめえは、ミミーのことでも思い出して、自分と主人公を重ねてやがったな」 リッキーの顔が真っ赤になった。 「図星だな」 形勢逆転に、タロスの顔に余裕の笑みが浮かぶ。 「ふんふん。デリカシーのない奴に言われたくないぜ。あっ!わっかたぞ。タロスってば、おいらの事やっかんでんだな?」 「やかんでるだぁ?」 「そうさ、きっとタロスの初恋なんて、玉砕間違いなしの悲惨な出来事なんだろう。そいつに引き換え、おいらにゃ、輝く未来と素敵な恋が待っている。ご老体には、もう縁がないときた。うらやましくもなるよなー」 そう言うと、くくくっと笑った。 「なんだとぉー、このくそちび、表に出ろ」 青筋をたてて、タロスが立ち上がった。 「おっ、やるのか、でくの坊!」 リッキーも席を立ち、しゅしゅっとパンチを打つ真似をする。 「いい加減にしろ!」ジョウの鋭い声が飛んだ。 「だって、ジョウ」二人が合唱する。 「だっては、無しだ。ふざけ過ぎだぞ!」そう言って、二人をギョロッと睨んだ。 ジョウの視線を受け、二人はしぶしぶ腰を下ろす。口は閉じたが、二人とも臨戦態勢のままだ。 (仕方のない奴らだ)ジョウはため息をついた。 二人の喧嘩は、ジェネレーションギャップを埋める儀式のようなものだ。しかし、耳元でやられては、たまったものではない。 「・・・でもさ、昨日のドラマ、ほんとに面白かったんだよ」 タロスを無視して、リーッキーが話を蒸し返した。 よほど気に入ったのだろう。ジョウは苦笑した。 「ねえねえ、兄貴の初恋ってどんなの?」 「なんだ、いきなり」突然自分に話が振られて、ジョウはびっくりした。 「タロスのかわいそーな初恋は聞きたくないけど、兄貴のはどうなのかなって思ってさ。ひょっとして・・・アルフィンだったりして」 「馬鹿いえ」これには、ジョウの頬が赤くなる。 「すんません、ジョウ」 いかにもかわいそうだという身振りで、タロスが割って入った。 「こいつは、ボランティア精神に溢れたミミーに優しくされて、勘違いしちまってる、哀れなピエロなんでさぁ。ほっといてやりましょう」 「!!!」 第二ラウンドが始まった。 ジョウは、始末に終えんと言う顔で、スクリーンに目をやる。そこには、漆黒の宇宙が広がっている。 リッキーの問いが、耳に残った。 (俺の初恋だって?・・・) 二人のやり取りが、どんどんヒートアップする。 それとは、逆に、ジョウの目は少しづつ遠くなった。
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