| 少年の心臓は、悲鳴をあげていた。 極度の緊張からくる、重労働のため、オーバーヒート寸前だった。嫌な汗が、背中を伝う。 少年は、この戦いに参加したことを、悔やみ始めていた。 あの時、母親の言うことを聞いていれば・・・そんな、考えがちらりと脳裏をよぎった。
「おい、リオ。気を抜くな。もうすぐ、敵のエリアに到着するぞ!」 隊を取り仕切っている、ゴズネルが大声をあげた。 リオは、かぶりを振って、前方に視線を向けた。 いまさら後悔しても始まらない。ここは戦場なんだ。一瞬の隙が命取りになる。 リオたちは、敵を急襲すべく、荒野を徒歩で進軍中だった。
「腐った政府の犬どもに、一泡吹かせてやろうぜ」 隣にいる、浅黒い顔をした男が話しかけてきた。リオは、ぎこちなく頷いた。 貧富の差が激しいこの星において、リオは上流階級に属していた。 しかし、差別が横行し、貧しい者をさらに絶望の淵に追いやる、政府の政策に異を唱え、レジスタンスに身を投じたのだ。 家を出る日、母親は泣いてリオを引きとめ、父親は彼を殴りつけた。 それでも、リオの決心は揺るがなかった。 この星を変えるんだ!そう、言い残して家を出た。
しかし、それは建前だ。リオは、その一週間前、手痛い失恋を味わったばかりだった。 彼が、通うハイスクールに、メリッサという、男に愛されるために生まれてきたような、女がいた。 豊満な肢体に、赤い唇。男どもは、こぞってメリッサの信者となった。 そして、リオもその一員に加わった。 かなわぬ高嶺の花だった。しかし、押えきれぬ情熱に突き動かされ、リオは愛の告白をした。 しかし、メリッサから返ってきたのは、あざけりの言葉と冷たい視線だけだった。 彼の心は、ずたずたに引き裂かれた。 そのせいで、リオは自暴自棄になり、レジスタンスに参戦した。
二週間の基礎訓練を経て、実戦に配置された。今日が彼の初陣の日だった。 彼の目の前には、隊長のゴズネルが歩いている。彼は、今朝からピリピリしっぱなしだ。 最近、仲間が相次いで敵の手にかかっている。そして、政府に寝返る者が出始めた、と情報が入ってきたのだ。 「なあ、知ってるか?政府のやつら、なんでも新兵器を手に入れたらしいぜ」 さっき話しかけてきた男だ。名は、確かオズモと言ったか。 「新兵器?」リオが聞き返した。 「ああ、なんでもおっかねえものらしい」 オズモが傷だらけの顔で、にやりと笑った。
リオは、オズモの腰にぶら下がっている物が、目に入った。 「あんたの腰のやつは、一体なんだ?」 「ああ、これか」 楽しそうに、オズモはそれをリオに見せた。防毒マスクだ。 「そんなのどうすんだよ?」 「これは、こうするんだよ」 オズモがマスクを被って、嬉しそうに笑った。 「わかった、もういいよ」 別に被り方を訊きたかったわけじゃない。呆れたように、リオが言った。 「お前、今日が初陣だったな。お祝いに、いいものをやろう。俺からのプレゼントだ」 そう言うと、オズモは胸のポケットから小さなスプレー缶を取り出し、いきなり、リオの顔に吹きかけた。 「!」 しゅー。甘い香りが広がった。 まるで、メリッサが使う香水みだいだ・・・
「ほら、リオいつまで寝てるの。もうとっくに、授業は終わったのよ」 女の声がした。 目を開けると、見慣れた場所にリオはいた。彼が通うハイスクールだった。 リオは自分の席に、突っ伏して寝ていた。 「いつもの所で待ってるから」 メリッサが耳元でささやいた。 びっくりして彼女を見上げると、軽くウィンクをして、教室を出て行った。 (これは、どういうことだ?俺は、戦場にいるはずじゃあ・・・)
そのとき、わっと、クラスメート達に囲まれた。 「やったな、リオ。あの、メリッサを落とすなんて、おまえどういう魔法を使ったんだよ」 皆が、口々にリオに質問を浴びせた。 (俺が、メリッサを落としただって?) 戸惑うリオを、親友のチェニーノが、教室の外へ連れ出した。 「ぐずぐずしてると、メリッサの機嫌が悪くなるぞ。早く行ってやれよ」 「行けって、言われたって、どこに行きゃあいいんだよ」 「あほか・・・礼拝室に決まってんだろ。お前ら、いつもそこで、いちゃいちゃしてるじゃないか」 チェニーノが、にやにやしながら言った。 「ほら、行けよ」背中を押されて、リオは歩き出した。 しかし、どうも腑に落ちない。振り返って、チェニーノに質問した。 「なあ・・・チェニーノ」 「なんだ?」 「これって、夢でもみてんのかな?」 チェニーノが噴出した。 「おいおい、学校のアイドルを彼女にしたからって、夢と現実がわからないのか。しっかりしろよ」 親友のチェニーノに、そう言われると、なんだか、リオの気分もすっきりした。 (そうか、戦場にいたのは夢だったのか。助かった) リオは胸をなでおろした。 「行って来る」リオは駆け出した。
礼拝室に入ると、中はがらんとしていて、人の気配が無かった。 正面の壁に祭ってある神の像が目に入った。そして、両脇には、軽やかに天を翔る天使の絵が飾ってある。 「わっ!」いきなり、後ろから声を掛けられた。 びっくりして、振り返ると、メリッサが立っていた。 「や・・やあ、メリッサ」 学校一の美女を前にして、リオは緊張した。何を話したらいいかわからない。 「ふふ、今日は、無口なのね」 メリッサがしなだれかかってきた。 リオの顔が真っ赤になった。
「ね、ねえ、メリッサ」 「なあに?」メリッサの指が、つーっとリオの胸を撫でる。 「僕達が付き合ってるって本当?」 おずおずと切り出した。 「まあ、何を言うのかと思ったら」 メリッサが、くすっと笑った。 「あなたに、告白されて、私達すぐに付き合い始めたんじゃない。まさか、もう忘れたって言うの?」 「そ・・そうっだったっけ」 「もう、意地悪なんだから」 甘えるように、メリッサが腕を絡ませてきた。 「あたしは、あなたに夢中なのよ」 メリッサからの愛の告白に、リオは脳天が痺れた。 あの、男子生徒全員の憧れ、メリッサが俺に夢中だって? リオの心臓が早鐘を打つ。思い切って、メリッサを抱き寄せた。 ふと、壁にかかっている天使の絵が目に入った。まるで、二人を祝福しているように、微笑んでいる。 「好きよ、リオ」 メリッサがリオの胸に顔をうずめた。 あまりの幸福に、リオは思った。 最高だ。もう、死んでもいい!
そう思った瞬間、ぷっつりと、リオの意識が途切れた。 光が消え、何も感じなくなった。 永遠の闇がリオに訪れた。
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