| 「ジョウっ!ジョウっ!どうしたの、ジョウ!」
…通信機から、金切り声が聞こえる。 アルフィンの声。段々遠くなる。ジョウ、ジョウ…。涙声になってきたな。他人事のようにうつろに考える。
ああそうか、こういうことか。 薄れていく意識の中で、ジョウは思っていた。 アルフィンじゃなくて、俺だったのか。
ジョウ!!
答えることができない。 アルフィン…。 唇だけが、かすかに動く。そして、意識はなくなった。死体のように動かないクラッシャージョウの体が、林の中に横たわっている。
「ジョウ!!応えて!ジョウ!」 通信機から、半狂乱のアルフィンの声だけが響き続けていた。
*
胸騒ぎがしていた。 それは最初からだ。依頼主バロン・ギルバートの名前を聞いたときから。 理屈ではない。説明の仕様がないが、ざらざらした砂が広がるようなイヤな感触が、この仕事にはあった。 仕事に裏がありそうだ、そういった感覚は長年クラッシャーをやっていればなんとなく肌が感じる。この仕事には、少なからずそれがあった。しかし、それとは別の、何か、とてつもなく嫌な予感のようなもの。 官邸でバロン・ギルバートの挽肉になった死体を見た時、これか?と思った。 違う。 それがジョウの結論だった。 これだけでは終らない。絶対に。 正体の分からない焦燥が、ジョウを捉えていた。
ミネッティ・インダストリーの屋内演習場で、M99と歩兵と武器も無く戦う羽目に陥ったとき、ジョウの許に駆け寄ってきたアルフィンの、一点の曇りも無い碧眼を見てジョウは、思わずアルフィンを引き寄せていた。 自分でも驚いた。どうかしている、そうも思った。 仕事中だ。しかも、命の危険スレスレを渡っている、その最中。 抗えず、艶やかな金髪を掻き抱き、陶器のような額に唇を寄せた。 「ただし、無茶はするなよ。」 「ン!」 アルフィンは驚いた様子で、それでも少し頬を染め、にっこりと笑う。 その笑顔に、ジョウは胸をつかれる。 失いたくないと。
漠然とした不安。 ジョウはそれを、アルフィンに関係するものだと思っていた。 走り去りビルの中に消えていくアルフィンの後ろ姿を、柄にも無く祈るような気持で見送った。
インファーノの沼。 沼に引きずり込まれるアルフィンの姿、引き裂かれて血まみれで沈んでいくアルフィンの姿、森の中を一人きりで必死に歩みを続けるアルフィンの姿。 ジョウの脳裏には、そんなビジョンばかりが浮かんだ。 嫌な予感が的中した。 ジョウは自分を責めた。何かを感じ取っていながら、手を打てなかったことが悔やまれる。 ウーラが、するりと隣にやってきて、腰を下ろした。 当然のように自分の横に場所をとるのを、苛立たしく感じている自分がいた。 (何で、アルフィンじゃない…)
ライフルの、耳をつんざくような連射音と共に、目の前で、テュポーンが内臓と血を飛び散らせて絶命する。 「ジョウっ!」 ジョウは、はっとなって顔を上げた。その声は。 「アルフィン!」 ジョウは、辺りを見渡し、すでに危険が去ったことを確認すると、近づくのを待つのももどかしく、ランドローバーに向かって走り出していた。 溶岩台地は走りにくい。何度も足をとられ、転びそうになりながらも、必死に走った。 確かめたかった。彼女が、そこにいることを。 彼女の安否が分からなかった時間、彼女が傍にいなかった時間を、どれだけ長く感じていたか、ジョウは思い知らされた。 アルフィンはライフルをランドローバーの中に落とすと、減速するのを待たずに飛び降りた。足をとられ、脛を打ちながら、走る。 ただ、ジョウの元へ。
アルフィンが腕の中に飛び込んでくる。 ジョウは、アルフィンを抱き寄せる。思い切り、抱いた。 「アルフィン…!」 「ジョウ…!」 アルフィンは、ジョウの腕の中で、言葉も出せずに嗚咽を繰り返していた。 ジョウは、アルフィンの熱を、身体を、何度も確かめるように強く抱いた。 「…無事だった…」 ため息のように吐き出された、ジョウのたった一言。 その言葉は、微かに震えていた。 アルフィンには、それで全てが伝わる。 自分を抱きしめる痛いくらいの強い力に喘ぐように、アルフィンは答えた。 「そんな、簡単に、死なない」 驟雨の中で、二人はそれ以上言葉も無く彫像のように抱き合っていた。
やがて減速したランドローバーが、静かに二人の横で止まる。 上部ハッチから、ブロディがその髭面を覗かせた。ジョウとアルフィンのその姿を見ると、ふっと似合わない笑みを浮かべ、ぼりぼりと頭を掻きながら引っ込んでいってしまった。
アルフィンを、ウーラが羽交い絞めにする。 「アルフィンを殺すわ…ジョウ、あなたも。そして、あたしも死ぬの。」 ジョウは、全身の血がさあっと引いたような感覚に陥った。 これ、か。アルフィンは、死ぬのか。 「愛しているわ、ジョウ」 ウーラが叫ぶ。 ウーラが悪い訳ではない、ウーラを疎ましく思っていたわけでもない。美しい人だった、アルフィンとは違う意味で。彼女は哀しい、望んでテュポーンになったわけでもなく。
ただ。 俺が愛しているのは、アルフィンだった。 どんな理由があっても、何を犠牲にしても、その命を奪われるわけにはいかなかった。
*
「アルフィン?」 バロン・ギルバートを倒した。真っ先に、アルフィンを呼んだ。 「ジョウなの?」 涼やかな声が聞こえてくる。 背中を裂かれた激痛に耐えながらも、ふっと笑みがこぼれた。 大丈夫だ。アルフィンは無事だ。タロスも、無事だったらしい。すべて杞憂だった。 嫌な予感だとか、俺もヤキが回ったか。疲れてんのかな。 「ジョウは、どうなの?怪我は?」 「うーん…まあ、少し、な」 「分かったわ。大怪我なのね。」 「大げさだな」 「止血できそう?」 「ああ」 「すぐ行くわ。最高に綺麗なナースがお迎えに行くから」 「そいつぁ楽しみだな。ぜひミニの白衣でお願いしたい」 「バカ」 その時。 背中に、激痛が走った。 「がっ!!」 肉が焦げる嫌な匂いを、ジョウは嗅いだ。そのまま、糸の切れた人形のように大地に倒れこむ。 「ジョウっ!ジョウっ!どうしたの、ジョウ!」 …アルフィンの金切り声が、遠くなっていく。
ああそうか、こういうことか。 アルフィンじゃなくて、俺だったのか。
でも、まあいいさ。 アルフィンじゃなくて、よかった。…
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