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■969 / inTopicNo.1)  覚醒
  
□投稿者/ 舞妓 -(2006/03/17(Fri) 23:45:29)
    「ジョウっ!ジョウっ!どうしたの、ジョウ!」

    …通信機から、金切り声が聞こえる。
    アルフィンの声。段々遠くなる。ジョウ、ジョウ…。涙声になってきたな。他人事のようにうつろに考える。

    ああそうか、こういうことか。
    薄れていく意識の中で、ジョウは思っていた。
    アルフィンじゃなくて、俺だったのか。

    ジョウ!!

    答えることができない。
    アルフィン…。
    唇だけが、かすかに動く。そして、意識はなくなった。死体のように動かないクラッシャージョウの体が、林の中に横たわっている。

    「ジョウ!!応えて!ジョウ!」
    通信機から、半狂乱のアルフィンの声だけが響き続けていた。


                          *

    胸騒ぎがしていた。
    それは最初からだ。依頼主バロン・ギルバートの名前を聞いたときから。
    理屈ではない。説明の仕様がないが、ざらざらした砂が広がるようなイヤな感触が、この仕事にはあった。
    仕事に裏がありそうだ、そういった感覚は長年クラッシャーをやっていればなんとなく肌が感じる。この仕事には、少なからずそれがあった。しかし、それとは別の、何か、とてつもなく嫌な予感のようなもの。
    官邸でバロン・ギルバートの挽肉になった死体を見た時、これか?と思った。
    違う。
    それがジョウの結論だった。
    これだけでは終らない。絶対に。
    正体の分からない焦燥が、ジョウを捉えていた。

    ミネッティ・インダストリーの屋内演習場で、M99と歩兵と武器も無く戦う羽目に陥ったとき、ジョウの許に駆け寄ってきたアルフィンの、一点の曇りも無い碧眼を見てジョウは、思わずアルフィンを引き寄せていた。
    自分でも驚いた。どうかしている、そうも思った。
    仕事中だ。しかも、命の危険スレスレを渡っている、その最中。
    抗えず、艶やかな金髪を掻き抱き、陶器のような額に唇を寄せた。
    「ただし、無茶はするなよ。」
    「ン!」
    アルフィンは驚いた様子で、それでも少し頬を染め、にっこりと笑う。
    その笑顔に、ジョウは胸をつかれる。
    失いたくないと。

    漠然とした不安。
    ジョウはそれを、アルフィンに関係するものだと思っていた。
    走り去りビルの中に消えていくアルフィンの後ろ姿を、柄にも無く祈るような気持で見送った。


    インファーノの沼。
    沼に引きずり込まれるアルフィンの姿、引き裂かれて血まみれで沈んでいくアルフィンの姿、森の中を一人きりで必死に歩みを続けるアルフィンの姿。
    ジョウの脳裏には、そんなビジョンばかりが浮かんだ。
    嫌な予感が的中した。
    ジョウは自分を責めた。何かを感じ取っていながら、手を打てなかったことが悔やまれる。
    ウーラが、するりと隣にやってきて、腰を下ろした。
    当然のように自分の横に場所をとるのを、苛立たしく感じている自分がいた。
    (何で、アルフィンじゃない…)


    ライフルの、耳をつんざくような連射音と共に、目の前で、テュポーンが内臓と血を飛び散らせて絶命する。
    「ジョウっ!」
    ジョウは、はっとなって顔を上げた。その声は。
    「アルフィン!」
    ジョウは、辺りを見渡し、すでに危険が去ったことを確認すると、近づくのを待つのももどかしく、ランドローバーに向かって走り出していた。
    溶岩台地は走りにくい。何度も足をとられ、転びそうになりながらも、必死に走った。
    確かめたかった。彼女が、そこにいることを。
    彼女の安否が分からなかった時間、彼女が傍にいなかった時間を、どれだけ長く感じていたか、ジョウは思い知らされた。
    アルフィンはライフルをランドローバーの中に落とすと、減速するのを待たずに飛び降りた。足をとられ、脛を打ちながら、走る。
    ただ、ジョウの元へ。

    アルフィンが腕の中に飛び込んでくる。
    ジョウは、アルフィンを抱き寄せる。思い切り、抱いた。
    「アルフィン…!」
    「ジョウ…!」
    アルフィンは、ジョウの腕の中で、言葉も出せずに嗚咽を繰り返していた。
    ジョウは、アルフィンの熱を、身体を、何度も確かめるように強く抱いた。
    「…無事だった…」
    ため息のように吐き出された、ジョウのたった一言。
    その言葉は、微かに震えていた。
    アルフィンには、それで全てが伝わる。
    自分を抱きしめる痛いくらいの強い力に喘ぐように、アルフィンは答えた。
    「そんな、簡単に、死なない」
    驟雨の中で、二人はそれ以上言葉も無く彫像のように抱き合っていた。

    やがて減速したランドローバーが、静かに二人の横で止まる。
    上部ハッチから、ブロディがその髭面を覗かせた。ジョウとアルフィンのその姿を見ると、ふっと似合わない笑みを浮かべ、ぼりぼりと頭を掻きながら引っ込んでいってしまった。


    アルフィンを、ウーラが羽交い絞めにする。
    「アルフィンを殺すわ…ジョウ、あなたも。そして、あたしも死ぬの。」
    ジョウは、全身の血がさあっと引いたような感覚に陥った。
    これ、か。アルフィンは、死ぬのか。
    「愛しているわ、ジョウ」
    ウーラが叫ぶ。
    ウーラが悪い訳ではない、ウーラを疎ましく思っていたわけでもない。美しい人だった、アルフィンとは違う意味で。彼女は哀しい、望んでテュポーンになったわけでもなく。

    ただ。
    俺が愛しているのは、アルフィンだった。
    どんな理由があっても、何を犠牲にしても、その命を奪われるわけにはいかなかった。


                        *

    「アルフィン?」
    バロン・ギルバートを倒した。真っ先に、アルフィンを呼んだ。
    「ジョウなの?」
    涼やかな声が聞こえてくる。
    背中を裂かれた激痛に耐えながらも、ふっと笑みがこぼれた。
    大丈夫だ。アルフィンは無事だ。タロスも、無事だったらしい。すべて杞憂だった。
    嫌な予感だとか、俺もヤキが回ったか。疲れてんのかな。
    「ジョウは、どうなの?怪我は?」
    「うーん…まあ、少し、な」
    「分かったわ。大怪我なのね。」
    「大げさだな」
    「止血できそう?」
    「ああ」
    「すぐ行くわ。最高に綺麗なナースがお迎えに行くから」
    「そいつぁ楽しみだな。ぜひミニの白衣でお願いしたい」
    「バカ」
    その時。
    背中に、激痛が走った。
    「がっ!!」
    肉が焦げる嫌な匂いを、ジョウは嗅いだ。そのまま、糸の切れた人形のように大地に倒れこむ。
    「ジョウっ!ジョウっ!どうしたの、ジョウ!」
    …アルフィンの金切り声が、遠くなっていく。


    ああそうか、こういうことか。
    アルフィンじゃなくて、俺だったのか。

    でも、まあいいさ。
    アルフィンじゃなくて、よかった。…


引用投稿 削除キー/
■970 / inTopicNo.2)  Re[1]: 覚醒
□投稿者/ 舞妓 -(2006/03/17(Fri) 23:47:59)
    No969の続きを書く(舞妓さんの小説)
    時折、意識が引き戻された。
    「ジョウ、頑張って、もうすぐ着くわ!」
    通信機から聞こえる彼女の涙声を聞くとすぐに、また意識は遠くなる。
    ジョウの意識は彷徨っていた。
    誰かが呼んでいるような。
    今まで命を奪ってきた全ての人々が、呼んでいる様な。
    (ジョウ…あたしのところに来て。抱きしめて。アルフィンを抱いたように、あたしを抱いて。)
    ウーラの声がした。
    倒れこんだジョウの目の前は、深い森の下生えだ。巨木の幹、太い根。柔らかい下生えに小さな虫が這い、土と若い草の匂いがする。
    そこに、女性の足が、ゆっくりと歩んできた。ジョウは、目を動かして、その人物を見ようとした。しかし、目しか動かないので視界が限られ、見ることができない。
    ふと、その女性がしゃがんだ。
    (ジョウ…)
    「ウーラ…」
    ウーラはクラッシュジャケット姿で、ぼおっと輝いていた。低い位置から、倒れたジョウを見下ろしている。美しい額には、ジョウが打ち抜いた傷跡は無い。
    (あたしのところに、来て。いいじゃない、もうアルフィンとは同じ世界にいないのよ。彼女が来るまで、あたしといて。それくらい、いいでしょ?)
    …もうアルフィンとは同じ世界にいないって?俺が?
    (もうあなたは、彼女になにもしてあげられないのよ)
    …何もしてやれない…
    (そう。なにも)
    ウーラはにこりと、悪意とは無縁な無邪気な顔で笑った。そしてジョウに手を差し伸べる。ジョウは、その手を掴もうとした。すると、全く動かなかったはずの身体は素直に動き、
    ウーラの手に掴まって半身を起こそうとするのだった。
    …もう、なにもしてやれない…?
    ウーラがジョウを助け起こすと、ふわりと栗色の髪が揺れた。
    その髪を見て、ジョウは思った。
    …違う。
    (違わないわ。いいのよ、これで)
    …違う。俺が触れたいのは、その髪じゃない。
    (いいの。あなたは、彼女にはもう何もしてあげられない。でもあたしには、何だってできるのよ。抱くことだって)
    そう言うと、クラッシュジャケットは一瞬にして霧散し、ウーラは白い官能的な全裸になっていた。
    …違う。
    …違う。
    …違う!俺が抱きたいのは、その身体じゃない!
    (じゃあ、誰?)
    「アルフィン…!」
    ぐらりと強い眩暈がして、ウーラに手を借りて半身を起こしていたはずのジョウは、また自分が森の中に倒れていることを知った。
    ウーラはまた、にこりと笑った。
    そして、消えかかりながら、こう言った。
    (…じゃあ、生きなきゃ駄目よ。死んだらもう、彼女になにもしてあげられないわ。死ぬのが自分でよかったなんて、ただのエゴよ。)
    …生きなければ…
    (そう、生きなきゃ)
    …もうなにもしてやれない…
    ウーラの姿が消えた。
    その時。
    「ジョウ!!」
    不思議な静けさを破って、悲鳴に近い声が響いた。同時に、見慣れたクラッシュジャケットのブーツが、はっきりしないジョウの視界に飛び込んできた。赤だ。
    それから、複数の人間の足。ばらばらと相当に急いだ足音。切迫した医療指示の声。はっきりとは聞き取れない。
    体が動く。どうやら担架に乗せられるようだ。
    「意識は?!」
    「混濁です!」
    「ジョウ!!聞こえる?あたしよ!死なないで!お願い!」
    アルフィンの顔が見えた。
    「…アルフィン…」
    声にはならない。唇がそう動くのを、アルフィンははっきりと確認した。
    「そうよ、あたし!ジョウ、頑張って!」
    アルフィンの、宝石のような碧眼から、大粒の涙が途切れることなくこぼれ続けている。
    …泣くなよ。綺麗だけど。
    ジョウの手は、アルフィンの両手がはさむ様に握り締め、涙で濡れる頬に当てられていた。
    それが、微かに動いた。
    アルフィンの涙を拭うように。
    …泣かないでくれ。悲しい顔を見るのはキツイ。
    金色の髪の一筋を、撫でるように。
    …もっと触れたかった。
    それから、唇を、親指がなぞる。
    …この唇に、触れたかった…。
    「ジョウ!…」
    アルフィンは、堰を切ったように号泣した。
    「イヤよ!一人で死ぬなんて、許さない!」
    …泣かないでくれ。

    もっと触れたかった。
    きみの綺麗な髪に、柔らかい唇に、その身体と心、全てに。
    (あなたは、彼女に、もうなにもしてあげられないのよ)
    …幸せにしたかった…。
    「…たかった…」
    ジョウの唇がそう動いたのを、アルフィンは見た。
    「何で過去形なのよ!!」
    絶叫だった。ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら。
    「ジョウが死んだら、あたしも死ぬわよ!それでもいいの!?」

    …それは困るな。
    ジョウは心の中で思わずふっと笑った。アルフィンらしい叱咤。
    するとどこかから、湧き上がるように、身体と精神を震わすような愛しさがこみあげてきた。胸がぎゅっと痛くなる。
    …俺はまだ、死ねない。
    まだきみに、してあげたかったことが、たくさん残ってる。
    したかったことが、たくさん…

    「ジョウ!…」
    アルフィンの声を遠くに聞きながら、ジョウの意識は今度こそ完全に途切れた。


引用投稿 削除キー/
■971 / inTopicNo.3)  Re[2]: 覚醒
□投稿者/ 舞妓 -(2006/03/17(Fri) 23:55:04)
    No970の続きを書く(舞妓さんの小説)

    一週間の基礎治療の後、ジョウはグレーブのパスツール記念病院に送られた。その時点でまだ、ジョウの意識は回復していなかった。広範囲の火傷は感染症を引き起こす危険性が高く、病院側はジョウの意識の戻らないまま、皮膚移植手術を敢行した。
    皮膚移植手術を受けたあと、ジョウの容態はひとまず落ち着いた。意識は戻らないものの、生体維持には問題ないという状態にまではこぎつけた。
    「アルフィン…」
    リッキーが入ってきた。
    「ちょっと休みなよ。アルフィンの身体がもたないぜ」
    「ありがとリッキー。でもいいの。ジョウの側を離れたら気になって気になって、休むどころじゃないのよ」
    アルフィンは、ほとんどジョウの側を離れなかった。一日数時間だけ、ミネルバに帰って身の回りのことをする。他はほとんど病院にいた。そのためか、すこし痩せて顔色も悪い。
    「兄貴が目を覚ましたとき、アルフィンが看病疲れで倒れてたら、兄貴はどう思うかなあ?」
    リッキーはわざとけしかけるように言った。
    「…」
    アルフィンもこれには言葉が無い。
    「それにアルフィン、吹き出物が出てるぜ。ほら、そこ」
    「…うっさいわねえ。ほっといてよ」
    病人の横なので、小声でアルフィンはちょっと顔を赤くしてそう言い、痛いところを突かれた、という表情をした。
    「イヤだろ?兄貴にそんな顔見られるの…」
    にやりと上目遣いにリッキーに見上げられると、アルフィンは思わずぷっと吹き出し、
    「わかったわ」
    と言った。
    「ありがと。ゆっくり休んでくる。」
    リッキーの腕をぽんぽんとたたいて、とんでもなく優しく笑いかけて部屋を出て行った。
    「なあ、兄貴い…」
    リッキーは今までアルフィンが腰掛けていた椅子に座ると、ポツリと、目を覚まさないチームリーダーに語りかけた。
    「見たかよ、今の顔。あんな痛々しいアルフィンの笑顔、おいら見たこと無いよ。早く目を覚ましてくれよ。兄貴寝すぎだぜ。…」


    生きなければ。
    生きなければ。
    ジョウを捕らえようとする波がある。とても抗いがたい、安らぎに満ちた誘惑の波だ。たくさんの声が、ジョウを誘う。そっちに行きたい、と思うとすぐに、
    生きなければ、と自分自身が強く否定する。
    していないことが、あるだろう。
    いいのか、それで。
    何かとても大切なことを忘れている。それははっきりしていた。
    何だ?
    愛しくて、切なくて、胸が苦しい。
    俺は、生きなければ。
    遠くで、誰かが泣いている声がする。
    …この声は。
    ジョウは気づいた。声のほうに走った。早く行かなくては。
    俺はここにいるよ。
    アルフィン…



    手が、濡れている。
    ジョウはぼんやりとそう考えた。
    何で濡れてるんだ?そう考えるとすぐにまた、手にぽつりと熱い液体が伝う感覚があった。
    それに、何でこんなにあったかいんだ?明らかに、左手よりも右手の方が、熱い。
    「…?」
    ジョウは、右手を動かした。割と簡単に手は動いた。さらさらと、何かに触れる。
    髪か。
    髪?
    …ゆっくりと、目が開いた。暗い。ところどころ、赤や緑の光が見える。ピー、という電子機器の音が時折響く。
    うつ伏せで、顔は右を向けて横になっていた。
    ジョウは、右手のほうに、目をやった。
    「アルフィン…」
    声が出た。掠れて、自分の声ではないような声だった。
    アルフィンは、ジョウの右手を握ったまま、その手を自分の頬に寄せて、ジョウのベッドに突っ伏して眠っていた。
    深夜のようだ。
    静かだった。アルフィンはブルーのワンピースを着ていて、細い肩がむき出しで寒そうだ。僅かな照明に照らされるその寝顔は、ジョウが知っているどのアルフィンよりも痩せて、疲れが顔に浮かんでいた。
    そして。
    眠りながらも、ポツリポツリと涙が溢れ、ジョウの手を濡らしているのだった。
    「…」
    胸が締め付けられる。
    一瞬で、記憶がはっきりする。背中を焼かれたこと、意識を失う直前のアルフィンの叫び声。生きなければ、と、思ったこと。
    きみのために。

    ジョウは左ひじをつき、少しだけ、上体を起こしてみた。わりとすんなりと動く。
    背中の痛みも、思ったほどではない。もうすでに何回も手術が行われたのだろうと、冷静に状況を理解した。
    起こしたくなかったので、彼女の髪を右手でさらさらとすくってみた。
    身体が動く。俺は、生きている。
    生還した喜びが、胸に溢れてくる。
    「アルフィン…帰ってきたよ」
    微かな嗄れ声。独り言のつもりだった。
    が、アルフィンは、反応した。
    ぱちりと、目を開ける。瞬きをすると、ぽろりと涙が零れ落ちた。
    自分が握り締めていたはずのジョウの手が、髪を撫でているのに気づく。
    「…」
    まさか。
    ゆっくりと、身を起こした。
    ジョウの、優しいアンバーの瞳と、目が合う。
    目が、合う?
    「…ジョウ!」
    信じられないものを見るように目を見開くと、また新たな涙が溢れてアルフィンの碧眼からこぼれ出た。
    名前を言ったあとは、しばらく固まって動けないまま、ジョウの顔を凝視した。
    それから、やにわにはっと立ち上がると、廊下に走り出ていって、叫んだ。
    「タロス!リッキー!意識が…ジョウが目を覚ましたわ!!」
    本当か、とタロスの声がする。兄貴やっと起きたのかよ、嬉しそうなリッキーの声、そしてバタバタと、走ってタロスとリッキーが駆け込んできた。
    「ジョウ!…もう、大丈夫ですな」
    タロスはジョウの顔を見て、心底ほっとした表情をし、大きく息をついた。タロスにとっては、息子同然のジョウだ。
    「…心配しましたぜ。さすがに」
    「そうだよ。いくら疲れがたまってるからって、寝すぎだぜ」
    そんな口を利くリッキーの目には、うっすらと涙が浮かんでいる、
    「そうだな。ちょっと寝すぎた」
    擦れた小さい声しか出ないが、軽くジョウも切り返す。
    「俺は、どれだけ、寝てたんだ?」
    「二週間だよ。まるまる」
    「二週間…」
    「アルフィンが、俺らたちよりずっとがんばってくれたんだぜ」
    そうだろう、とジョウは思った。あの痩せ様を見れば、彼女がこの二週間どんな思いでいたかは容易に想像がつく。
    ジョウは、タロスとリッキーの背後にアルフィンの姿を探した。
    が、部屋の中にはいない。
    「…アルフィンは?」
    「あれ?ホントだ。さっき呼びにきてから…」
    リッキーはぐるりと周囲を見渡し、すぐに走って部屋を出て行ったが、足音はほんの数歩で止まった。廊下から小さく話し声が、ジョウとタロスの耳にも届く。
    「なんだよアルフィン。何で入ってこないんだよ」
    「…」
    アルフィンの返事は聞こえない。
    ジョウとタロスは顔を見合わせた。
    「ほら、おいでよ。一番嬉しいの、アルフィンだろ」
    「…」
    やがてリッキーは、アルフィンの背中を押すようにして、彼女を部屋に連れてきた。
    「神様ありがとうありがとうって、廊下に座り込んで泣いてんだぜ」
    ジョウは胸をつかれた。
    アルフィンは、溢れてくる涙が止まらないようで、ずっと下を向いている。
    「タロス…」
    ジョウはタロスに目配せした。タロスはすぐに、おいチビ、とリッキーを連れて、部屋を出て行った。
    ジョウとアルフィンは二人きりになった
    顔を両手で覆い、ひっく、ひっくと嗚咽をもらして立ち尽くすアルフィンに、ジョウは言った。
    「アルフィン。ここに来てくれ。顔が見えない」
    「見ないで。ひどい顔してるから」
    鼻声で、抵抗する。
    「そうか。じゃあ」
    ジョウはそう言うと、思い切って上半身を起こした。
    さすがに強烈な痛みが走る。
    「…くっ…!」
    「ジョウ!」
    慌ててアルフィンが駆け寄って、ジョウを支えた。
    「駄目よ!そんな無理しないで」
    「…アルフィンが素直に来てくれないからさ」
    「ごめんなさい…」
    「謝らないでくれ。アルフィン。謝るのは俺のほうだ。辛い思いさせて悪かった」
    「そんな…」
    アルフィンは、ふるふると首を振った。
    涙に濡れる碧眼。そこには、自分しか、映っていない。
    いつでも、そうだった。
    「アルフィン」
    ジョウは、両手でアルフィンの頬を包み込んだ。ゆっくりと、小さな子供に言い聞かせるように、優しく言葉を紡ぐ。
    「神様じゃない」
    「…?」
    「アルフィンがいたから、帰って来れた」
    「…」
    ジョウが生還したことで胸がいっぱいのアルフィンは、ジョウが何を言おうとしているのか、まだよく分からない。
    きょとんとした表情で、ジョウを見上げる。
    「死んじまったらもう何もできない。きみを守ることも、きみに触れることも、きみを笑わせることも――――」
    その次の言葉を言おうとしてジョウは、いつものように照れと自制が、自分の口を閉ざそうとするのを感じた。顔に血が上り、頬が赤くなるのが自分でも分かる。ああそうだ、俺はいつもココで自分を止めていた。そんな自分がふとおかしくなった。死を目の前にして、自分が何よりも強く思ったことは何だったか。
    彼女のことだ。
    他の何でもなく。
    ジョウはふっと、力を抜くように息を吐いた。
    「…愛してるって伝えることも」
    優しく笑って言いながらジョウは、右手の親指でアルフィンの唇を辿った。
    え。
    と、アルフィンは思った。
    そう思った時にはもう、唇にジョウの唇が重なっていた。


引用投稿 削除キー/
■972 / inTopicNo.4)  Re[3]: 覚醒
□投稿者/ 舞妓 -(2006/03/17(Fri) 23:58:50)
    No971の続きを書く(舞妓さんの小説)


    くらくらと、眩暈のするような優しいキスの後、ジョウは唇を離して、力が抜けてジョウに身を預けるアルフィンの髪に、乱暴に手を差し入れた。
    「あ…」
    そのまま顔を上げさせ、今度は深く深くアルフィンの唇を貪った。
    逃げようとするアルフィンの舌を絡め取る。唇を離すことができない。

    この唇、この髪、きみの全てを。
    愛している。

    「ん…」
    アルフィンの喘ぎがもれる。
    思わず、ジョウの背中に手を回そうとしたアルフィンが、はっと気づいて身体を引いた。
    それをジョウはすぐに強く抱き寄せて、言った。
    「いいんだ」
    「駄目よ」
    アルフィンは、ジョウの腕から逃れようとする。
    「構わない。…抱いてくれ。」
    そう言うと、ジョウはまたアルフィンの唇を奪った。アルフィンが、おそるおそるジョウの背中に手を回す。
    抱き合うと、ジョウの背中には鋭い痛みが走った。
    その痛みに煽られるように、ひたすら唇を貪った。

    アルフィン、俺はこの痛みを忘れない。――――一生涯。
    きみの大切さを。
    どんなにきみが愛しいかを。
    どんなにきみを、幸せにしたいかを。


    複数の足音が聞こえてきて、二人は唇を離した。見つめあったまま、名残惜しいように指先がつながったままだ。
    「ミスタ・ジョウ!お帰りなさい」
    ドクターと看護婦とともに、タロスとリッキーが入ってきた。二人が知らせたのだろう。
    「早速ですが、覚醒直後の簡単なチェックがあります。それだけ、させていただけますか」
    「どうぞ」
    急に病室は慌しくなる。
    ジョウは肩をすくめた。
    タロス、アルフィン、リッキーは一旦病室の外に出された。
    「アルフィン、今日は…」
    真剣な顔で言いかけたリッキーの言葉を、アルフィンが笑って遮る。
    「分かってるわよ。今からちゃんとミネルバに帰るってば」
    「分かってんならいいけどさ」
    言葉を遮られてリッキーは不服そうにアルフィンを見上げたが、顔は笑っている。
    「ガキが心配するこっちゃねえ」
    「何だと!ご老体こそ兄貴の意識が戻ったからって、安心してくたばるんじゃねえぞ!」
    「テメエこそ、気が緩んだついでに括約筋まで緩めるなよ」
    アルフィンは思わずプッと噴出した。
    こらえきれず、大きな声で笑い出した。
    「久しぶりねえ、あんたたちの不毛な口喧嘩!」
    不毛な、と評されても、タロスはにやりと笑って「俺はタクシーを捕まえとくぞ」と言って、先に行ってしまった。
    入れ替わりにドクターが出てきて、短い時間にしてくださいよ、と言って去って行った。
    アルフィンとリッキーが病室に入ると、ジョウは笑いをこらえていた。
    「お前らの喧嘩を聞くと、間違いなく生還したって感じがするな」
    「ちえ」
    リッキーはくさった。
    「しっかし兄貴、ほんっと不死身だよなあ。」
    リッキーが心から感嘆したように言った。
    「俺は死なない」
    ジョウはいつものように、不遜ににやりと笑う。
    「ナンだよ、二週間も寝てたくせによくいうよ」
    「そう簡単に死ねるかよ」
    ポツリと、ジョウはアルフィンを見ながら言った。
    「――――――」
    碧眼が、はっとする。
    それは、あの時、溶岩台地で、ジョウの腕の中で自分が言った言葉だ。
    あの時、アルフィンは次の言葉を飲み込んだ。
    あなたのそばにいたいから、と。
    「…おいら、お邪魔ってやつ?」
    濃密な空気を漂わせて見詰め合う二人の間で、リッキーはからかうように言った。
    「バカ。そんなんじゃないわよ!」
    「そうだ、邪魔だよ」
    二人同時に返事が返ってきた。
    アルフィンは赤くなっているが、ジョウはにやりと笑ってリッキーを見て、親指をドアのほうに向けた。「行け」という意味だ。
    「了解!」
    リッキーは跳ねるように立ち上がり、兄貴、がんばれよとVサインを作って出て行った。
    「もう、リッキーったら」
    ジョウはアルフィンの赤くなった頬を撫でた。アルフィンはうっとりと目を閉じる。
    待ちかねたようにジョウはアルフィンを引き寄せ、唇を重ねた。

    「…簡単に死ねない。」
    ジョウの声に、アルフィンは目を開けた。
    「傍にいる。ずっと」
    アナタノソバニイタイカラ。
    ソバニイル、ズット。
    「―――」
    アルフィンの目から涙が零れ出た。
    胸が痛い。あなたが好きで、好きで、幸せで、わけが分からないくらい幸福で。胸が痛くて声が出せない。涙にしか、ならないよ。
    アルフィンはたまらずジョウにしがみついた。
    「…愛してる…」
    ジョウの胸の中で、呟く。誰にも聞こえないように。聞こえたら、この瞬間が壊れてしまいそうだから。

    長い、長いキスのあと。
    アルフィンはとろりと溶けたようにジョウに寄りかかる。
    「アルフィン、退院したら、退院祝いをくれ」
    「いいわよ。珍しいわね、ジョウがそんなこと言うなんて。何がいい?」
    ジョウはアルフィンの金髪を手で弄びながら、アルフィンの耳元に唇を寄せて、言った。
    「……」
    「!」
    たちまちアルフィンは真っ赤になる。
    「駄目か?」
    ジョウも照れくさそうに、まともにアルフィンの顔を見ようとしない。
    「…駄目じゃ、ない」
    小さな、小さな声で、アルフィンは答えた。
    その声を聞いて、ジョウはぎゅっとアルフィンを強く抱きしめた。
    「じゃあ、早く退院しなきゃな」
    「…ゆっくりでいいわよ」
    「今日でもいい。すぐ退院したい」
    「バカね。ちゃんと治ってからよ。」
    その時、アルフィンの手首の通信機が小さな音をたてた。
    「はあい」
    「おいらだよ。邪魔して悪いけど、タクシー捕まえたよ。」
    「分かった。すぐ行くわ」
    アルフィンは立ち上がると、ジョウの大きな手を握ってごつごつした指にキスをした。
    「今日は帰る。ちゃんと寝るわ。明日、また来る」
    「そうだな。ゆっくり休んでくれ」
    手を振るアルフィンの後姿を見送ってから、ジョウは痛みをこらえて立ち上がった。窓に身体を預けて、暗い夜空を見上げる。
    自然環境保護に厳しいグレーブは、満天の星空だ。
    宇宙。
    帰りたい。あそこに。
    胸にじわりと、熱が広がる。
    下を見ると、エントランスのロータリーにドアの開いたタクシーが止まっていて、そこにアルフィンが走って来るところだった。
    中にいるタロス、リッキーと何か話している様子だ。
    ふっと、アルフィンがジョウの病室を見上げた。習慣だったのだろう。その窓際にジョウの姿を認めて、アルフィンは本当に嬉しそうににこりと笑った。ジョウは手を振った。
    するとアルフィンは、右手を高く、天を指差した。
    宇宙。
    ジョウの胸が、ぎゅっと音を立てた。
    同じなのだ、彼女が思うことは。
    両手を高く上げて、アルフィンはくるりと一回転した。スカートがふわりと揺れる。
    カエロウ、ハヤク。
    ウチュウヘ。
    ジョウは、親指を立てた。
    アルフィンも、それに同じ仕草で応えた。
    ドアが閉まり、タクシーは走り去っていった。
    それを見えなくなるまで見送ってから、ジョウはもう一度夜空を見つめた。
    宇宙が、早く来いと呼んでいるようだ。
    帰ろう、早く。
    宇宙へ。
    きみと一緒に。

fin.
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